アフリカ1988年
1988年11月〜12月にかけてタンザニア首都ドドマの水源となっている岩盤地下水の涵養機構に関する調査に出かけた。東アフリカ高地の赤い大地、茜色のトワイライトを進むおんぼろバス、バナナ葺きの小屋とくつろぐ人々、脳裏に焼き付いたアフリカの光景を思い出すと懐かしさに似た不思議な気分になる。アフリカに行ったものは再び帰るのか?
初めてのアフリカで見た住民の生活は確かにprimitiveなものであった。しかし、貧しいという印象は持たなかった。粗放な農業形態であるが、とりあえず収穫できれば生きていける。失敗しても村では相互扶助が習慣として根付いている。もちろん、異常気象等の天変地異に対しては脆弱なシステムではあろう。だから、そのような場合のみを想定した準備を怠らなければ人間として人生を全うできる社会なのではないか。現在の先進国並の生活をスタンダードとすることは誤りなのではないか。こんな考えは甘いだろうか。