口は禍の門

新しい年の元旦ですが、地球はいつもと変わる様子もなく、粛々と運行を続けている。人生も無事(事も無し)というのが幸せのひとつの形だと思うが、生きるために稼がなければならず、今年も様々な柵に右往左往しながら暮らしていくことになるのだろう。私は環境の研究者であるので、未来について考える。そのためには哲学、価値、倫理に対する自分の考え方が必要なはずである。予測しなければ人は生き様を決められない訳ではない。未来は科学技術が進歩して、何をやるにも便利な社会ということでなくても良い。貨幣を増殖させるために新たな需要を生み出すことにあくせくしなくても、必要を満たした上で、少しのゆとりがあれば良い。科学の成果も、今でなくとも10年後、100年後に達成するのでも構わないものはたくさんある。人にとって大切なものは何か。それは幸せな暮らしであるはず。便利で格好いい暮らしという訳ではない。哲学、価値、倫理に対する考え方を身につけ、今の時代を創っていくことが我々の勤めだと思う。SDGs、Futuer Earthはすでに発進している。この10年は人類の歴史にとって大きな転換の時期になるはず。(2019年1月1日)

2018年12月までの書き込み


教える、教えられる

正造さんは谷中村の島田青年に宛てた手紙の中でこう述べているそうです(岩波ジュニア選書「田中正造」、佐江衆一著)。

「およそ物事を教えようとすると、人はいやがって聞かないものです。今後は教えようとするより、まず教えられる方針をとることです。正造も谷中村に入ったころは教えようとして失敗しました。 そのころから谷中人民の話をきこうと努めればよかったのに、聴くことは後回しにして、教えることばかりに心がせき、せき込めばせき込むほど反発されて正造の申すことを聴く人もなく空しい徒労となり、三年、また四、五年めから少しずつ谷中の事情もわかりはじめて回顧八年をへて、"聴く"と"聞かせる"の一つの発明をしたのみです」。

教え、伝え、理解してもらうことは難しい。自分がどれほど物知りだというのか。実は何もわかってはいない。伝えるより、まず聴くことから共感を生まれなけれは゛ならないのだ。といっても、同じ理念が共有されなければ、分断が生じるだけである。だから、より広い視野、包摂する力をもって理解する姿勢と、共感を醸成する時間が必要になってくる。いや、そんな力などない。ただただ聴き、一緒に考えるのみ。(2019年2月9日)

現在を救い給え

田中正造に関する本を数冊入手し、読んでいるところですが、今日は岩波ジュニア選書「田中正造」(佐江衆一著)を読み終えたところ。正造さんは病床で、「現在を救い給え、ありのままを救い給え」と大声で叫んで危篤に陥ったとのことです。我々は未来のことを語りがちですが、それは安寧に暮らしていることの証拠。現在の暮らしがひどければ、まず現在をよくすることを考えます。そうすれば現在に続く未来が良くなる。正造さんは実践のひとだったから、現在をよくすることを考えることを考えた。正造の日記にこう書かれているそうです。

「人類のためとなるには、まずその人類の中に入ってその人類となるのである。・・・人のためをなすには、その人類のむれに入って、その人類生活のありさまを直接に学んで、また同時にそのむれと辛酸を共にして、すなわちそのむれの人に化してその人となるべし。こうして、そのむれの人類がみなわが同志となり、これを人を得る法という」。

環境と称して論文を書いていれば、自分ではない誰かが社会の役に立てるはずだ、と思い込んでいる研究者は 人など見ていない。自省しなければいけない。正造さんは憲法を信じ、議会や民衆に訴えれば社会が動くと信じていたが、晩年はあきらめていたようだ。だから、自身から谷中村に入り、村民と一緒に辛酸をなめる生活をともにしたのだが、そこに天国を見ていたのかもしれないという。正造さんの日記から。

「天国はいずこに在るや。天国はこの世にある。この世の外、別に天国はない。もし好んで地獄に落ちれば、これをどうすることもできない。陥らない者は、みな天国にいるのである。みなといえば多くの人のみなか。いや、少しの人のみなである。真に天国に行く人のみなである。真にきわめて少数のみなである」。

幸せとは何か。物質的に満たされることだけではないことは確かである。生まれ育った土地で家族や人々とともに暮らせること以上の幸せはあるだろうか。日清戦争に勝利し、国民国家としての体制を整えつつあった明治政府を動かすことはできなかったが、正造さんの戦いは現在も続いている。資本主義に起因する競争、格差、差別社会のなかで虐げられている人々は今もいるし、新たに登場もしている。国に対抗し、国を変えることは圧倒的な力を必要とし、困難な行為である。虐げられた人々が故郷で幸せになることが圧倒的な力に対抗する方法のひとつなのではないか。そこに天国がある。福島にもきっと天国があると思う。(2019年2月9日)

保険としての大学

朝日朝刊「経済気象台」より。著者の海星さんは、大学とは社会にとっての保険だという。世の中何が起こるかわからないので、その時の知恵袋となれるよう、森羅万象(ユニバース)の解明に日々格闘する場こそユニバーシティーだという。それもそうだなと思う。大学の勉強が役に立たなかったという人は、かけた保険のお世話にならずにすんだのだから幸せ、でも保険が無駄だっていう人はいないでしょ、と。その通りだと思うが、それだけでは研究者である大学教員が極楽とんぼであることを容認するだけではないか。ユニバースを辞書でひくと、「ある問題に関連する全要素を含む集合」とある(手元にあるリーダーズ英和辞典より)。大学教員は蛸壺にはまっているだけではだめで、広く全要素を俯瞰し、総合力を発揮できなくてはあかん。また、海星さんはこう書いている。大学生活とは保険のようなリスクヘッジに立ち向かう場、リスクヘッジには効率や成果主義は単純にはなじまない。効率的経営を目指すあまり(論文生産の効率性および評価指標を上げるための教育、といえるか)、研究分野(教育分野もそう)を絞り込むのはギャンブルに等しい。研究には試行錯誤が必要で、無駄が付き物、という(教育もそう)。大学人の態度はどうあるべきか、ということを明記するのは難しいのであるが、少なくとも地位、名誉、金が目的となってしまってはあかんなと思う。(2019年2月8日)

自分の足しや幅

「人生どうもがいても『結果』がついて回る。だったらそのつど『しっかり傷ついたりヘコんだりすれば、自分の足しや幅になる』(朝日、"折々のことば"より樹木希林のことば)。もとのフレーズは、「口をぬぐって、“ない”ことにしなくてよかった」。私は後悔人間で、一日に何度も後悔しては、落ち込んでいる。本当に生きにくい性格だと思う。それでも、そんな出来事が自分の足しや幅になっているだろうか。そう思って過ごすことが一番大事。(2019年2月7日)

ポスト真実のターゲット

日大アメフトタックル事件で、前監督と前コーチによる反則行為の指示はなかったと警視庁が判断しました。これに対して、学連関係者は除名処分は間違っておらず、処分を変えることはないという。これはどういうことなのか。様々な真実が考えられる。その一つとして、背景には教員-学生-学校-社会の間の悩ましい実態があるのではないだろうか。それは教員はポスト真実社会の中でターゲットにされやすいということ。あるいは、学生は常に守られるべき存在である、という言説。社会は教員を悪者にしたがる。我々は真実を知り、社会のあり方を変えていかなければならないのではないか。批判の矛先が向けられるということがあまりにつらいので、人は現状を容認してしまう。周りの人々は自分の感情を満たすためにスケープゴートをつくってしまう。守られるべき人は誰なのだろうか。いや、何を守らねばならないのか。(2019年2月6日)

国立大学の評価指標

運営費交付金に反映させる大学の評価指標について、追加指標があれば提案せよ、との指令が来ました。皆さん評価疲れで大変でしょうから一本化してあげましょう。だから考えてね、ということらしい。指標案を見ると、エリート指標が並んでおり、息苦しくなります。大学、特に総合大学の評価を限られた指標で行うということは、大学の機能を矮小化することにつながり、日本の未来にとって大きな禍根を残すことにならないだろうか。背後にある一つの思想しか許さんぞ、という脅しを感じてしまいます。日本の科学者は"学術のための学術"だけでなく"社会のための学術"を推進することになっているのですが(日本の展望2020)、後者を評価する指標は含まれていないようです。文科省-大学ラインと学術会議(国際学術会議ISCも同じ方針)の方針が交わらないということは日本の科学にとって由々しき問題なのではないかと思います。とはいえ、評価のあり方は簡単に決めることができるものではありません。まずは、自分の考え方を明らかにしておく必要があります。教育に関しては、学問の体系を教えるカリキュラム、専門性を伝えるカリキュラムをベースに、学際、超学際にアプローチする仕組みがあるかどうか、という点がひとつ。そして、卒業生が母校に対して誇りを持っているかどうか、という点が一番大切だと思います。研究面では、学術の各分野の過去、現在、未来に対する確固たる考え方があるか。学際、超学際を達成する仕組みがあるか、という点が重要だと思います。これらを評価するためには、評者者は少なくとも1年は大学に通い、上記の点を見極める必要があるでしょう。評価は時間はかかるものなのです。評価者が楽するための指標であってはなりません。少なくとも、"やれ、やらんと金をやらんぞ"、と言われてやるのは大学人の矜持を傷つけるものですね。(2019年2月5日)

フューチャー・アースとSDGs

今日のシンポジウムの副題にはSDGsが日本語で入っていました。主催の環境リスク分科会では過去と現実に起きた事象を理解し、未来につなげるというコンテクストで使っている(と解釈しています)。委員の先生方は現場で問題に対峙している先生方ばかりです。SDGsには現在起きている問題、それも目の前にある問題を解決することから、未来を創りあげるというスタンスがあるように思います。一方、フューチャー・アースを推進するコミュニティーは未来志向が強すぎるように感じます。その結果、現在がおろそかになるということは以前も書きました。このことが両者がしっくりとつながらない要因であるとともに、人社系(+環境系)と理工系の間の溝がなかなか埋まらない要因の一つでもあるように思います。(2019年2月3日)

都市的世界の考え方

今日は学術会議、環境リスク分科会が主催する公開シンポジウムに参加してきました。そのタイトルは、「公害病認定から半世紀経過した今、わたくしたちが考えること-持続可能な開発目標の達成に向けて」。このシンポジウムの前に開催された分科会ではこんな発言がありました。「福島(の放射能汚染)については、様々な見解があるので、そっとしておくしかないのではないか」。それは、都市的世界の考え方で、(決して確定的ではない)科学的合理性を前提とする考え方であるように思います。世界全体を俯瞰し、様々な世界を視野に入れると、①科学的合理性だけでなく、②共感と③理念を共有することにより諒解を形成している、ということが現実であると思います。②と③が見えないと、現実が理解できない。だから、そっとしておくしかないと。こういう福島の真実を理解し、説明することがアカデミアの役割だと思います。時間が無く、議論はできなかったのですが、このシンポジウムの2回目(5月)に私の発表があるので、そこまでにコンセプトを明確にしておきたいと想います。(2019年2月3日)

大学教員はつらいよ

人は人を評価できるのだろうか。大学教員は教育者であると同時に、評価者でもある。毎年学位審査の時期になると、否応なく評価をしなければならない。これが事業評価、研究評価だったら粛々と実施することもできるが、学位審査だと、その前に指導がある。十分な指導ができたかどうか、悩むことになる。手取足取りの指導をする良い教員でありたいという願望と現実の間で右往左往する。できればがんばったみんなに学位を出したいと思う。しかし、学位は、研究成果だけでなく、それが適切に説明されたか、研究という行為に対する姿勢が身についているか、という点を含めて評価しなければならない。学位さえ取れば幸せな人生が待っているという場合でも、これらの点にはいかなる譲歩も許されない。しかし、とも思うのである。学位はゴールではなく切符である。だから、進路が決まっていれば甘くしても良いのではないか...。これは絶対のっては行けない誘惑であろう。学位なんてと思う気持ちと、学位の価値を重視する気持ちとの間で揺れ動く。こんな私は教授失格かもしれない。大学教員はつらいよ(寅さん風の言い方)。送り出した学生たちの現在が答えなのだろう。(2019年2月2日)

経済的合理性と環境倫理

大型石炭火力発電所として計画された袖ケ浦火力の開発検討の内容変更というニュースがありました。燃料をLNGとする火力発電所の検討は進めるとのことですが、これで3件あった千葉県の大型石炭火力発電所の計画はなくなりました。ただし、その理由はどれも、十分な事業性が見込めないということであり、CO2排出による地球温暖化の緩和策への対応に対する言及はありませんでした。環境保全対策のコストが背景にあるのですが、あくまで経済的合理性による判断ということらしいです。企業側としては環境保全について述べた方が社会的な利益があるように思えるのですが、収益源としての火力発電所建設に対する制限要因になることを恐れたということだろうか。SDGsの達成、ESG投資、といった世界の流れの中で、経済的合理性のみを考える企業は持続性を担保できるのか。あるいは、資本主義の中で生き残っていくのだろうか。そんな世界は幸せな社会だろうか。(2019年2月2日)

社会のティッピングポイント

野田市の小学4年生の心愛さんの件は、何ともこの社会の閉塞感を感じさせる出来事です。ヤフコメでは学校の“閉鎖性”を指摘する書き込みもありましたが、なぜ組織が閉鎖的になるのか、という点に突っ込まないと根本的な解決にはつながらないと思います。もちろん、失われた命は戻りませんが、なぜ死ななければならなかったのか、その根本的な理由を知ることが社会を変えることにつながり、心愛さんの供養にもなるのではないでしょうか。社会がどんどん閉鎖的になってしまうのは、トップダウンの支配構造(ガバメント)の中で、責任の所在が不明確になっていることにあるように思います。批判があまりにも厳しいので、批判されたくないという思いが閉鎖的な社会をつくっています。社会を変えるためには協働(ガバナンス)を重視する習慣、態度を醸成していく必要があります。人と人、人と社会の関係性を大切にする社会の構築です。ところが、そうなっていないのは日本が“良い国”になったということも関係していると思います。自分の安全・安心に関わることはすべて人任せにしています。医療、教育、警察、消防、...。それが、日本を閉鎖的社会にする要因になってはいないでしょうか。社会の中で個人が責任を持つことを見直さなければならない段階に日本は来ていると思います。この事件に関して森田知事は県の責任に対する明言を避けたとのことですが、これまでの社会システムの中で解決を図るには、業務を担当する部署を強化するということしかなく、それができない状況であるからだと思います(知事としてではなく、政治家としての考え方を聞きたいですね)。日本は社会の変革を我々は真剣に考えなければならない段階にあるのかも知れません。実行は大変なことですが、昨今の様々な出来事が生じる根底にある問題です。難しいからといって看過できない状況に至ったのではないでしょうか。社会のティッピングポイントに至ったということもできます。今は問題を認識し、各自ができることを粛々と行い、その成果を共有することが大切だと思います。おそらく、そこにSDGsの精神があるのではないでしょうか。(2019年2月1日)

大学教員の仕事

私が研究の評価において重視したいことは、“気付き”である。それは、自然あるいは人と自然の関係性に対する認識の深化である。認識が深まっていく過程を理解、記述し、その最深部に自分の新しい認識を位置付ける行為が、研究というものではないか。研究は単なる手続きではない。では、博士課程とは何か。この思惟の方法を身に付ける場である。研究の手続きの仕方を学ぶのは修士課程までである。博士を目指すという行為は、人生そのものである。博士は勉強すれば得られる資格ではない。しかし、研究の手続きこそが大切と考える分野もあるのかも知れないな、とも思う。それはニュートンデカルト的科学、すなわち一本道の科学である。環境の認識とはモードが違う。私はこれまで何人もの博士の学位を出してきたが、実は出せなかった学生もいる。人の人生が私の判断で変わってしまうということの重要性を考えると、正直すくんでしまうこともある。それでも、“気付き”は大切にしたい。とはいえ、ちょっと疲れ気味である。あまり涙は見たくない。一本道の人生ではなく、多様な人生があり得ることを教えるのも、大学教員の仕事ではなかろうか。(2019年1月31日)

夢あるようで、ないようで・・・

同じく、beの記事「生まれ変わったら就きたい職業」ランキング。そのトップが「大学教授・研究者」。世の中のステレオタイプと、今の大学教授・研究者は相当違うようだ。研究者の評価は論文数や獲得予算額によってなされ、どのような目標や理念を持って活動しているか、なんてことが評価されることは少ない。 財務省、文科省、大学、教員のヒエラルキーの中で、上位のものが幸せになるような所作が求められる。もはや、研究は地位と名誉のためといった感覚さえある。私の下の世代ではプロジェクトで育てられてきた研究者も増えており、縦社会への適応も進んでいるように見える。これは由々しき問題である。そもそも今の時代、若者が研究者として生き残り、教授にまでなるのは至難の業である。スポーツ選手と同じだが、こちらは15位。世の中ちゃんとわかっている。私は研究者になろうと思って、一直線に突っ走ってきたが、研究者が幸せだった世代の生き残りと言えるかも知れない。わがままに過ごしてきたが、その代わり、理念は持っている。これからの研究者は「社会のなかの科学者、社会のための科学者」でなければならないはず。SDGsやFuture Earthの登場は世界がこの方向に進んでいることを意味している。私ももう少し頑張ろうと思う。ところで、タイトルはこの記事の副題。夢というのは実現が前提で、バックキャストしながら現在の行動を決めて、最後に達成するもの。夢と単なる想いとは違う。理想と現実の間で苦しみながら育っていくのが人生。(2019年1月27日)

受益と受苦

先の「みちものがたり」の最後にこういう記述がある。(東京の人だったら)「毎朝、渡良瀬遊水池に向かって、手を合わせてもらってもいいと思うんだよね」。谷中村が犠牲になることで、首都圏の治水に貢献したことを覚えておいて欲しいと。明治政府による谷中湖の築造の背景には様々な思惑があるのだが、目的の一つは東京の洪水対策であったことは確かであろう。東京は守られているといって過言はない。しかし、その背後には犠牲を強いられた人々がいるのである。 受益と受苦の関係性が忘れら去られている状況では、日本人は近代文明人とは言えないと考える。文明人というのは文明によりもたらされる利便性のメリットとリスクを認識し、双方のあいだで諒解を持つ人である。それができない日本は犠牲のシステムで運営される社会ということになる。受益圏・受苦圏問題の解決には、この社会をどのようにしたいのか、という理念の合意が必要なのである。(2019年1月26日)

田中正造と下総

朝日日曜版be「みちものがたり」に田中正造に関する記述がありました。足尾鉱毒事件の明治天皇への直訴(明治34年)に失敗した田中正造は、明治39年に強制廃村になる谷中村に住み続けました。100年たっても「正造さん」と呼ばれ、人々に慕われています。田中正造は、明治27年に小金原開墾地(小金牧)の土地紛争問題について政府に質問書を提出しています。また、明治29年には衆議院議長にあてて質問書を提出しました。国策であったはずの東京新田開墾に伴って出現した資本家である地主と小作農民の戦いは戦後の農地解放までその解決を待たなければなりませんでしたが、田中正造の正義感に基づく行動は下総の農民にとって大きな意義があった、と青木更吉は著書「下総開墾を歩く」の中で述べています。あの田中正造が我が下総の問題も見ていてくれたということは私にとって大きな誇りです。 (2019年1月26日)

つくられる社会規範

続いてハラスメントFDがありました。「教員同士の会話に潜むハラスメント」という題であったが、表面的な取り扱いに留まっており、背後にある事情には踏み込まない。一般的な議論しかできないのは当然であり、問題解決のために個々の事情に入り込むことがFDの場ではできないことは理解できる。その結果、我々は聖人君子として振る舞うことを強要され、個別の問題解決からは遠のいていく。この様にしてつくられていく規範が人を苦しめることになっているのではないか。何々はいかんよ、という時には、必ず上位の規範も存在しなければならない。上位の規範に照らして、いかんな、ということを理解できる体系が必要なのではないだろうか。また、人の幸せの達成を考えるときには時間軸を取り入れなければならない。今の問題に対処するだけではなく、人の未来を考えると解が異なってくることもある。今を重視すると管理者の幸せだけになってしまうことも多い。 どうしても抽象的な表現になってしまうが、具体的に書くと、それが“ハラスメント”と言われそうなので、小心の私は書けないのである。(2019年1月23日)

社会規範は普遍的か

職場でコンプライアンス研修がありました。教員は絶対出席しなければならないというお達しで、しょうがなく出席、というのが本音ですが、話を聞きながら背景に何があるのかを考えることも大切かも知れません。資料の最初のページに「社会的信用の確保・維持」という図があり、中心に「法令遵守」があり、その外側を「組織内規則(大学全体・部局)」が取り囲んでいる。卵の黄身、白身といった感じですが、殻にあたる部分に「社会規範(倫理・道徳・暗黙の了解)」とある。これだけみると、御意にございまする、と従うしかないのですが、ここで社会規範とは何だろうと思う。社会規範は社会の了解であるのだが、時代とともに変わるものであるし、ある時突然変わることもある。その時というのは、社会の底流にモヤモヤとしたものを皆が抱えている時である。実は、今がその時ではないだろうか。日本では多数のガバナンス(というよりガバメント)の失敗が露呈している。それは今、社会規範と思われているものが時代遅れになっているということであろう。新しいガバナンスのあり方が求められているのが今この時なのではないだろうか。(2013年1月23日)

暗黙の了解

学術会議のシンポジウム「FUTURE EARTHと学校教育:ESD/SDGsをどう実践するか」に参加してきました。教育は社会全体の将来を行く末を決めるために、最も重要であると考えているので、ESD(持続可能な発展のための教育)がどのように実践されているのか、知りたくて参加しました。非常に勉強になったシンポジウムでしたが、持続可能な社会について皆さんはどのように考えているのか、そもそも何が問題なのか、それを解決するためにはどうすれば良いのか、という観点までは踏み込んだ議論には至っていなかったように思います。もっとも、社会の問題を指摘すると、様々な異見や反発が予想できます。望ましい社会のあり方については、暗黙の了解ということなのだろうか。私は資本主義に根ざす様々な問題が根底にあり、問題解決には社会の組み替えが必要だと思っている。現状の社会のあり方を受け入れて、対症療法のように様々なイベントを企画するだけでは、未来についてまじめに考えていることにはならないのではないかな。それでも、小さくてもたくさんの実践の積み重ねが重要でである。(2019年1月22日)

好きな情景

わざわざ島根県からドローン農業に関する相談に来て頂いた。従業員7名の会社組織で米、小麦、そば、レタスを栽培する農場である。パンフレットの代わりに頂いた、イセキの営農情報誌「ふぁーむ愛らんど」で社員の皆さんと圃場の写真を拝見することができたが、皆さん家族持ち、積極的な経営で家族を養っている。社長さんはまだ若そうだが、経営に対して明確な理念を持ち、達成のためには新しい技術の導入に躊躇しない。近代文明人だなぁと思う。また、情報誌の表紙には福島県広野町の農家の写真。シビアな出来事にもめげず、頑張っている。私はこういう農的世界の情景が大好きである。最近加齢のためか弱気になっていたが、せっかくやってきたドローン農業をさらに深めようかという気になる。家族農業の振興は世界の意思でもある。今年から、国連の「国際家族農業の10年」が始まる。(2019年1月21日)

真理とは方向感覚である

鷲田清一による故梅原猛への追悼文の中で見つけた故鶴見俊輔の言葉(朝日朝刊より)。私にはしっくり心に収まるフレーズである。科学の世界でもよく真理という言葉が使われる。しかし、それは"ひとと交わらない無機質の真理"なのではないか。真理を越えたところにもう一つの真理があるように感じる。それは公害や事故の現場に身をおいた時、歴史的・社会的背景、ひとの内面が垣間見える時に出てくる感覚である。どこを見るか、どこまで見るか、によって真理は変わってくる。科学におけるメカニズムとしての真理、あらゆるものが積分されて現れた本質としての真理、二つの真理が同じ方向を向いたときに科学と社会も交わり、ひとに安寧をもたらす。やはり、真理とは方向感覚である。でも、その時には科学における真理の重要性はどんどん相対化していく。大切なものは何か。じっくり考えねばなるまい。(2019年1月16日)

下総台地の歴史

この連休は青木更吉著「『東京新田』を歩く」(崙書房)という書籍を読んだ。明治維新により東京には失業者があふれ、窮民対策として牧の開墾が計画された。しかし、農業をやったことのない大商人が開墾会社を運営し、送り込まれた人々も農業経験はなかった。大変な苦労があったが、残った窮民は1割程度だという。地租改正を察知した開墾会社は偽装解散し、土地を手に入れて地主になったが、入植者に対する思いやりに欠ける所業であった。資本主義の精神の先取りといえるだろう(貨幣の増殖を一義的な目的とするという点で)。東京新田は失敗だったが、それは農の心があったかどうか、ということにつきると思う。農業には作法が必要なのである。文章を読み進めると、当時の景観や地形、地質に関する記述もある。たとえば、八街では「浅い地下水が地下に分布している」所でサトイモが栽培されている、という。これは台地の皿状地の浅部に常総粘土層が分布し、宙水を形成しているところであろう。地域に関わるということは、地域の地理と歴史を知るところから始まる。明治2~5年頃の話であるが、その後については続編があるので、読み終わったらまた報告する予定。(2019年1月14日)

房州うちわとの出会い

館山に行く用事があったので、房州うちわを買ってこいという指令がかみさんから発せられた。とはいえどこで売っているのかわからないので、ようやく慣れてきたスマホで検索すると、うやま工房という店を発見。行ってみると工房らしきものがあり、用がある方は電話するようにとの張り紙。そこにおばあさんが通りかかり、職人さんを呼んでくれることになった。職人といってもお母さん(この呼称には異論もあるが、あえて使う)で、美容院を経営しているのですが、わざわざ来てくれました。もとは亡くなった父(先のおばあさんの旦那さん)が職人で、野田総理の時代に頂いた勲章が工房の中に飾ってありました。お母さんは房州うちわを製作することができるのでなんとか続けているが、あと2年すると子供たちが美容師になり、店を任せられる。そのときはうちわ製作に専念するのだそうだ。いろいろな製品を見せていただき、3本を購入。すばらしく美しいうちわを手に入れた。実は、少し前に千葉テレビのニンジャジャという私の大好きな番組で房州うちわの工房訪問の放送があったことを思い出し、伺ってみたらお母さんでした。短い番組でしたが、分厚い台本が用意されており驚いたとのことです。縁というもの不思議なもので、すばらしい出会いを経験することができました。ここは南房総市。すぐ前には延命寺という里見家の墓所もある古い寺。房総のなだらかな山並み。すばらしい暮らしがそこにあるような気がする。(2019年1月13日)

「こころ」と「心」

福島について語るとき、この二つの言葉の使い分けに悩むことが多かった。朝日朝刊、山折哲雄のエッセイ「『こころ』と『心』に立つの大河の流れ」を読んでなんとなくわかったような気になる。「こころ」という柔らかな響き、それは和語であり、「こころ」の岸辺には、われわれの日常的な喜怒哀楽のすべての姿が変幻きわまりない枝葉を茂らせ、花を咲かせているという。「心」は漢語であり、中国文明の風光が匂い立ち、日本と中国のあいだのを行き来した知識人の活動が映し出されているという。「道心」、「十住心」、「信心」、「心身脱落」、「観心」。世阿弥の時代になって「初心」を生み、それが世界でも稀な、美意識としての「こころ」の誕生だったという。私が意図していたのは「こころ」であった。(2019年1月12日)

改革に必要なもの

朝日朝刊「異論のススメ」にある佐伯啓思氏の論考。タイトルは「平成の30年を振り返る-失敗重ねた『改革狂の時代』」。確かに平成は改革が横行した時代であった。大学のあり方も大きく変わった時代であったが、その結果どうなったか。ガバナンスの強化は良いのだが、ヒエラルキーの上にいる者の総合力が衰えたことが大学の衰退を招いていると言えないだろうか。狭い世界の中における判断が、より広い世界の現実と齟齬をきたし、全体のガバナンスを悪化させている。とはいえ、佐伯氏が指摘するように『 改革狂』の時代はひとつの過渡期と捉えるべきである。我々は新しい段階に進まなければならないのである。そのために必要なものは何か。佐伯氏は、「『改革』が目指すべきものは我々自身の価値観とともに生み出さなければならない」と述べている。全く同感であり、価値感、哲学が改革には必要なのである。これらに倫理を加えた3点セットが必須となり、それらを時間軸、すなわち時代の変遷の中に位置づけて考える態度が必要である。世の指導者たちは過ぎ去った時代の価値観や哲学に囚われているようである。(2019年1月11日)

科学と社会

ふと思った。科学が海だとすると、社会が陸だ。社会の中には科学者もいる。多くの科学者は外洋に向かって漕ぎ出そうとしている。論文生産の世界である。しかし、実際の外洋は決して恵みの海ではない。生産性(NPP)は低い(これは地理学の知識)。陸のすぐ外側には豊かな沿岸、内湾、干潟があり、社会に恵みをもたらしてくれる(高いNPP)。内陸の閉鎖性水域も大きな恵みをもたらしている。それが今や劣化している。そこを何とかしたいという科学者もいる。問題解決の世界である。今日は印旛沼流域水循環健全化会議の環境体験フェア検討委員会があった。これは印旛沼流域の問題解決を共有するステークホルダーの集まりである。もちろん、科学者だけではない。こんな活動、これはニュートン・デカルト的な科学とはモードが異なる科学の実践、これも科学の目的として社会の中の立ち位置を確立させたい。今年の目標のひとつである。(2019年1月8日)

1915年アルメニアのジェノサイド

YouTubeは私にとってはミュージシャンとの出会いのツールとして大いに役立っている。昨年のヒットはカナダのシンガーChantal Chamberland(シャンタル・シャンバーランド)を知ったことで、すでにCDは2枚手に入れた。アルメニア出身のNara Noïan(ナラ・ノイアン)も気に入っており、YouTubeでBGMとして聞くことも多いのだが、その中に"Les âmes immortelles - The Immortal souls (A hommage to genocide -- 1915)"がある。正月休みなので動画までじっくり見ると、そこには凄惨な映像があった。改めて調べると1915年のアルメニアのジェノサイドの記録らしい。自分にとって新しい知識であった。中東から黒海、カスピ海周辺の様々な国家、民族が闘争を繰り広げた歴史を知ったが、弱者の悲しみは想像するにあまりある。もちろん、この地域だけではなく、世界各地で憎しみ、嫌悪、欲に駆動される争いが繰り広げられてきた。ちょうど「世界の路地裏を歩いて見つけた『憧れのニッポン』」(早坂隆著)を読んだところだが、世界の様々な地域で繰り広げられている事象、それには戦争や差別による悲劇も含むが、それらの真実について少し認識を深めることができたと思う。日本はなんと平和な国であろうかと改めて思う。この平和の中で形成される意識世界は世界の中では特異なものになってしまうかも知れない。しかし、世界には争いだけでなく博愛、対立でなく協調もある。日本に必要なことはまず世界の真実を知ること、その上で、お人好し社会として振る舞っても良いのではないか。世界平和を導く行為は利他である。上記の書物の中にも悲しみだけでなく、利他の行為による心温まる話も含まれている。Nara Noïanの曲はダウンロード販売がメインであり、数少ないCDはいつも品切れだった。Amazonを確認したところ、在庫が出ている。早速発注したが、楽しみである。(2019年1月5日)

印旛沼初詣

初詣として印旛沼の龍神に詣でてきた。初詣はべつに神社仏閣でなくとも良いのだと思う。日本人には八百万の神の心が宿っており、あらゆるものに神を見ることできるのである。青空が広がり、陽だまりは暖かいのが千葉の典型的な冬。私はこれが大好きなのだが、印旛沼には北西の冷たい風が吹き寄せ、波が立っていた。水鳥たちもヨシの群落の陰に身を隠し、じっとしている。龍神も湖底で凍えているに違いない。最近は人間が水位を変えてしまい、ヘドロもたまって温かい地下水が出てこないじゃないか、と文句を言いつつ。そろそろ龍神の怒りも爆発するころではないか。その怒りを受け止めなければね。(2019年1月3日)

スマホデビュー

息子により強制的にガラケイからスマホに変更させられた。使って見るとめんどくさいが、まあおもしろい。ただし、USB Type-Cというものを知らなかった。充電ができない。明日は早速調達に行かねばならない。技術の進歩に追いつくのがしんどい歳になってきた。それでも、これで鞄にはPC、iPod、ルーター、スマホが格納され、電子機器であふれてしまう(ポメラはもう限界)。私は新書か文庫、それと折りたたみ傘は必ず持ち歩くことにしているので、これで鞄がいっぱいである。それに、これからはペットボトルをやめて水筒を持ち歩きたいと思っているので、仕事の資料はなるべく持ち帰らないようにしたい。(2019年1月2日)

都市集中か、地方分散か

朝日元旦版から。昨年10月1日にも引用したが、京大の広井氏らによる2050年のAI予測シナリオから提起された日本社会の課題である。広井氏らは持続可能なシナリオは「地方分散型」と考えている。それはAIが答えを出したからではなく、意味の解釈や価値判断は広井氏らが行ったのである。基本は人が、社会が未来をどうしたいかということである。それは哲学、価値、倫理の領域である。だから、人によって考え方は違う。地王分散型に誘導するためには人々の考え方を変える必要がある。そのためには、なぜ考え方が違うのか、ということを説明しなければならない。それが意識世界、すなわち人が関係性を持ち、考え方を創りあげる範囲、である。東京一極集中は都市的世界の中に留まる狭い意識世界をたくさん作り出している。地方には都市的世界とは異なる農村的世界がある。まず農村的世界を知ることが大切なのだが、その潮流はすでにある。テレビ、新聞、雑誌でもたくさんの農村的世界の紹介に満ちあふれている。田園回帰も確実に進んでいる。いろいろな意識世界を伝えることにより、人の意識世界を拡張していけば、意識世界の交わりが生じる。これこそが多くの問題を解決するほとんど唯一の方法なのではないだろうか。もちろん、都市的世界、農村的世界は共存して良い。人が両者を自由に行き来できる精神的習慣を持つことが大切であることは、この7年間変わらず主張していることである。(2019年1月1日)

印旛沼流域エコミュージアム構想

明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い申し上げます。昨年の私は少し疲れていました。今年は変わらなければいかんと思っています。何よりも、“口だけ”は終わりにして実行段階に入らなければならないと思います。やらなければならないことは印旛沼流域をエコミュージアムとすること。文科省ホームページによると、エコミュージアムとは「ある一定の文化圏を構成する地域の人びとの生活と、その自然、文化および社会環境の発展過程を史的に研究し、それらの遺産を現地において保存、育成、展示することによって、当該地域社会の発展に寄与することを目的とする野外博物館」。地域の時代を創りあげるための強力なフレームワークになるはずである。まず印旛沼流域地理情報データベースを作成する必要がありますが、これは私が印旛沼流域健全化会議に参加した当初に提案し、組織図の中にデータセンターとして入れて頂いたものの機能に相当します。結局10年以上にわたって組織図の中だけに取り残され、誰か実行することをただ待っている状態になっていた。先月開催された勉強会で私がいつもの通り言及したら、虫明委員長から、あなたがイニシアティブをとるんだよ、とお叱り。最近の私はめっきり実行力がなくなってしまった。思い切り落ち込んだところでリバウンドするために、残る大学人生は印旛沼流域を対象によりよい地域を創成するためのフレーム創りに取り組もうと思う。(2019年1月1日)


2018年12月までの書き込み