口は禍の門

 新型コロナ禍のもとで迎えた新年となりました。2021年にやるべきこと、始めるべきことは何だろうか。それは"変革"への道筋を明らかにすることではないか。社会の変革はSDGsの目標であり、時代が変革を要請している。新型コロナ禍前の旧い時代への復旧は単なる慣性に過ぎず、過去から至った現在を分析し、その上で展望した未来と現在をつなげることだと思う。ただし、低成長、縮退の時代は様々な考え方が錯綜する時代でもある。慎重に道を見極めて歩んでいかなくてはならない。今こそ、総合的・俯瞰的な観点の意味を正しく解釈し、実践に結びつけなければならない。しかし、過去からの慣性に囚われる思想は変革を妨げようとする。厳しい時代の始まりだが、新型コロナは"変革"を促す生態系からのメッセージではないだろうか。(2021年1月1日)

2020年12月までの書き込み


研究における社会貢献とは

今日は職場の外部評価委員会だった。社会貢献はこれからの研究者における重要な課題であるが、研究者間で大きな認識の断絶がある。なかなか合意が得られないのだが、そんな時は誰が、何がステークホルダーか、ということを考えると良いと思う。国がステークホルダーでも良いし、問題の現場における当事者がステークホルダーでも良い。ただし、そのことを意識するとともに、ステークホルダー全体の構造を俯瞰する必要がある。しかし、ここが達成されていないのである。ステークホルダーには階層構造があり、ステークホルダー間の対立もあり得る。関係性が分断されたステークホルダーがあり、一方が顧みられないこともある。これは社会全体の問題でもあり、研究者も含む市民全体が自らの社会を俯瞰できるようになるには時間がかかりすぎるだろう。難しい問題でもあるが、トリクルダウンがないということは認識しておくべきだと思う。すなわち、論文を書けば、自然と社会に還元されるという仮説である。社会に研究の成果を実装するには研究以上の行為が必要なのである。現在の評価システムではそこを評価する仕組みがない。(2021年1月22日)

やってみなはれ

どんどん自分が“ふるいひと”になっていくようだ。職場の将来計画に関する打ち合わせで、若手にとっての研究の価値が数値指標や権威への参加であることが図らずも確認されてしまった。自分は"わがままな大学人"の最後の生き残りかも知れない。自分の研究人生では周りの研究者とは違う方向を常に目指し、それなりにうまくやってきたと思う。プロジェクト制が主流になる前に運良く職を得て、この世界をうまく乗り切ってきたと思う。そんな自分が若い世代を見ていると、研究者のマインドが変わってしまうのではないかとの懸念を抱いていたが、すでにそれは実現してしまったようだ。同時に自分は"ふるいひと"になっていく。若手もそれなりに楽しくやっているのだからもう何も言うまい。“やってみなはれ”はサントリーの創業者である鳥井信治郎の言葉。失敗を恐れず、行動し、学びながら改善していけばいいということ。その通りなのだが、環境に関わる研究は理念、哲学を持たにゃあかんと思う。応用を語るのならば、問題の現場で営まれている様々な行為を知らなければならないのである。論文を出版すれば、自分ではない誰かが、それを役立てるわけではないのである。いっそ、基礎研究であるという立場を明確にした方が潔い。でも人は自分で実践し、その中から学んでいかなければならないのだろう。結局、“やってみなはれ”だ。私は“ふるいひと”になっていく。(2021年1月20日)

当世若者気質

オンデマンドとオンラインのハイブリッドでやっている講義の補講を行った。参加者が6人だったのでビデオをオンにして討論しようと提案したのですが、誰もオンにしてくれない。なぜだろうか。意見を言って批判されることを恐れているのだろうか。SNSにおける昨今の誹謗中傷は度を超している状況の中、若者は殻に閉じこもっているのだろうか。未来を担うのは若者である。しかし、現在を仕切っているのは過去の慣性から逃れられないシニア。右肩上がりの時代だったらそれで良いのかも知れない。しかし、現在は縮退の時代である。若者自身が考えて、実行しなければ未来は築けない。でも、若者に意見を無理矢理求めると、ナイスなアイデアも時々返ってくる。今は雌伏の時で、反転の機を伺っているのか。そうであってほしいなと思うが、今がその時ではないのかなぁ。(2021年1月16日)

科学と社会の関係

同じく朝日朝刊科学欄から。えのきさんによると、「科学と社会の関係は、いま構造の組み替え時期じゃないかなと感じています」と。私もそう思っている。また、「選ばれた少数の科学者がやっている研究を『すごいね』と見ていた時代から、人々が当事者として科学に関わる時代になってきたのがこの10年」という。その通りである。私は人々自身がプレイヤーとして実践する科学の分野と、直接実践できなくても人々が科学の意味を知ることが大切な分野があると思う。前者は環境に関わる科学。環境を良くするということは地域をよくするということであり、その営みに人々が参加する時代になった。さらに、地域の成果をグローバルの営みの中に位置づけて理解する必要が出てきた時代で、それは後者になる。「はやぶさ2」では人々は「すごいね」の科学の成果を堪能したが、その背後にある科学技術外交のあり方まで理解する必要があるのだろう。科学がエリートによるエリートのための科学である時代は終わった。 (2021年1月14日)

「エンパシー」を出発点に

この欄でエンパシーについて初めて取り上げたのが昨年の正月だった。ブレイディーみかこ氏と福岡伸一氏の対談記事であったが、その後、いろいろな場面で耳にするようになった。今日は朝日朝刊の連載「憲法季評」の松尾陽氏の表記のタイトルのコラムで発見。内容はハラスメントに関するものである。松尾氏はエンパシーをこのように説明している。「シンパシーと同様に、感情と共振する力のことである。ただし、シンパシーが自己の経験の延長上で他人の感情に共振する作用であるのに対して、エンパシーは、経験や価値感が異なる他人の感情と共振する作用である」。なるほど、いいね、と思う。ただし、エンパシーは「偏り」をもたらし、「公平さ」を害するという批判もあるそうだ。確かに一理あるが、私が扱っている環境問題や事故を巡る課題においては考え方の枠組みはできているかも知れない。Pielke(2007)による科学者の4類型に当てはめると(2020年12月18日参照)、バイアスがあるのが「論点主義者」であろう。しかし、科学者が「誠実な仲介者」の立場も同時にとることができ、そしてエンパシーを持っていれば「誠実な仲介者」の見方は「論点主義者」を包摂することができる。(2021年1月14日)

何かをなすべき、何かをしている

今日の"折々のことば"(朝日朝刊)はいい。鷲田さんが引用したチェコの作家の文章がこれ。歴史は「誰かが何かをなすべきである」と提案するよりも、むしろ「何かをしている人」を必要とするのです(カレル・チャペック)。学術会議の仕事を3年やってきて、いくつかの提言にも関わったが、やはり提言をどう実践するかの方が大変だし、大切であることを常に感じていた。鷲田さんは言う。「必要なのはそれぞれの生きる場所で、課題を一つ一つ具体的に解決していく覚悟だろう」。研究者の中にはこのことを意識している人もいるが、具体的な現場とのつながりが得られないのだろう。私は行政や地域の中に実践の場を持つことができたので、幸せだと思う。しかし、現場を強調しすぎると、(理工系の)研究者との距離は大きくなりがちである。解決のひとつの方向性は文理融合であり、社会との協働の枠組みを作ることであるが、結局それはSDGsやFuture Earthの精神ということになる。やるべきことはもう見えている。(2021年1月5日)

競争環境の中でめざすもの

新年の学長挨拶がライブ配信されるとのことで、聞いてみた。話の大半は指定国立大学法人になりたいということだったので、この際と思い、文科省のサイトで調べてみた。指定国立大学法人とは、国内の競争環境の枠組みから出て、国際的な競争環境の中で、世界の有力大学と伍していく必要があるため、「研究力」、「社会との連携」、「国際協働」の3つの領域において、既に国内最高水準に位置していることを申請の要件として設定したものであるという。世界の中で競争に勝ちたい、その重点項目として3点を挙げているわけだが、その先に何を達成しようとしているのかが見えない。3つの領域を評価する数値基準も示されているが、それが達成目標をさらに不明確にしている。このように何を目指すかがわからなくなっているというのが日本の現状なのではないか。日本を運営しているのが20世紀を生きたシニアであるので、20世紀の慣性がとまっていない、あるいはノスタルジーから逃れられないというのが日本の精神的習慣になってしまっている。一方で若手の大半も現状に満足してしまっているのではないだろうか。問題はあるとはいえ、十分充足している現状の中で、未来は語るが、現実からは逃避する。新型コロナ禍はそんな満足が突然破られる実態をあからさまにしている。もう少し未来をわがこと化して考える必要があるのではないか。何を目指すのかを自分で考えてほしい。(2021年1月4日)

年賀状

新年を迎えましたが、昨年から続く新型コロナ禍のもと、不安の中でお過ごしのこととと拝察いたします。もう何年も年賀状を書いていませんが、欠礼につきましてはご容赦ください。年末にこころのゆとりを取り戻せないこと、インターネット時代の年賀状は本来の役割に戻らなければあかんのではないかという念い、いろいろあって年賀状を欠いてしまいましたが、本当に必要な方々に届けることができなかったことは慚愧に堪えません。皆様のご無事をこころよりお祈り申し上げます。歳をとるにつれ"事も無し"という言葉が好きになっています。それは幸せのあり方のひとつだと思うからです。発展とか、進歩とは違う定常な時間が人生の終盤には訪れるものではないかと思っています。若い頃は高みを目指して頑張ることもありましたが、ある程度の高みに至ると、いろいろなことが見えてきます。人生の意味も変わってくるものだと思います。このような変化を受け入れることができる社会になれば良いと思っています。(2021年1月1日)


2020年12月までの書き込み