里沼を考える-印旛沼の事例から- (学術の動向2022年1月号)

印旛沼流域水循環健全化会議に関わり10年以上が過ぎた。会議自体は2001年に始まっており、20年が経ったことになるが、この間、会議の目的は印旛沼の水質改善から、水環境の改善、そして地域創りに変わってきたように思う。それは、水質改善という目的に直接到達する方法はなく、水循環をシステムとして全体を最適化する中で当初の目的を達成しようという考え方である。この流れは、SDGs、パリ協定といったグローバルな課題を解決しようとする潮流と同期しているように思える。世界は変革の試みの最中にいる。
問題解決型科学(Solution-oriented Science)は、解決志向の科学という意味で、ひとつしかない解を探そうという試みではない。人間が変えてしまった環境はそう簡単にはもとには戻らない。しかし、環境の“人と自然の相互作用する範囲”という本来の意味を思い出すと、人が変わることによって自然との関係性において新たな諒解を生み出すことができるだろう。人口減少時代を迎えた日本が成熟社会をめざす中で、世代単位の時間をかけながら、自然との関係性が変わっていき、未来では自然本来の姿を取り戻すこともあるかもしれない。
現場はトランス・サイエンスの領域にある。科学は必要だが、科学だけでは問題は解決しない。この領域で必要なのは協働の枠のなかで、同じ目的の達成を共有することであるが、目的の達成において(論文の生産を目的とする)科学者の役割は相対化される。ここに新たな科学、Alternative Scienceへの大きな壁がある。通常の研究の評価は論文によってなされるが、Alternative ScienceあるいはSolution-oriented Scienceの評価は目的が達成されたかどうかである。アカデミアはこの壁を乗り越えることができるだろうか。
今後の現場ではローカル市民科学が重要になってくると思われる。現役時代に専門家であった方々が現場にデビューするからである。ローカルを知り尽くした市民が自らローカルの問題を解決できる、そんな時代が来つつある。通常の研究者の役割は、問題解決の枠組みに参加しながら、メタ解析、比較研究によって、より上位の問題にアプローチすることではないだろうか。この営みによって問題自体が変質し、グローバルな課題に到達することが可能になる。
未来をよくするためにはどうしたらよいか。バックキャストはひとつの考え方であるが、問題に対峙している現場では、まず目の前にある問題の解決を試みながら、未来を展望する。現在から未来、未来から現在のふたつの視線を交わらせることが問題解決にとって必要であり、その行為は地域から始まるのである。地域をよくすることが目的だからである。そうすると、地域(ローカル)の集合である世界(グローバル)がよくなる。これは地理学や環境社会学における世界観である。