平成19年度「千葉市町内自治会の集い」で講演しました


(千葉日報に写真が載りました)

平成20年1月29日、千葉市文化センターで開催された表記の集いにお招きいただき、話をさせていただきました。内容はいつものやつですが、どれだけ理解していただいたろうか。話が乗ってくるとどうしても早口になってしまいますので、質問を受ける時間があれば良かったと思います。下記はお配りした概要に若干の書き込みを加えたものです。


地球温暖化問題の現場から

近藤昭彦

 気候変動に関する政府間パネル(IPCC))の第4次報告書が昨年2月に公表されました。この報告書によると、地球温暖化は進行しており、その原因は人間活動の可能性が高く(第一作業部会)、世界から集められた証拠により温暖化の影響も顕在化していることが明らかにされました(第二作業部会)。地球温暖化を防ぐために、我々が二酸化炭素の放出量を減らすことは倫理的に極めて正しい行為です。100年後の地球を良くすることになるかも知れません。しかし、温暖化の影響とされているものの実態をステレオタイプにとらわれずに眺めてみるとどうなるでしょうか。地球温暖化の影響とは異なる別の側面も見えてきます。地球温暖化問題の実態認識を誤ると現在起きている問題の解決を先送りすることになるかも知れません。私たちの暮らしと世界の人々の暮らしが安全で安心であるために何を理解しなければならないのか。いくつかの事例を通じてお話ししたいと思います。
 地球温暖化が進行すると海水面が上昇し、珊瑚礁の島が水没してしまうかも知れません。では現在珊瑚礁の島では何が起こっているでしょうか。実は、地球温暖化以前に人口増加や経済活動に起因する様々な問題が地域では起こっています。私たちがエコで地球に優しい暮らしをすることは将来の珊瑚礁の島における暮らしの安全に貢献するかも知れませんが、現在の人の生活とは直接関係ないかも知れません。また海岸侵食ではガンジス川の河口域が有名で、昨年はバングラディシュでサイクロンによる高潮被害がありました。現在地形形成が進行している三角州における土地の性質は理解されているでしょうか。なぜ人は普遍的な地形変化現象として侵食と堆積が繰り返される三角州に住まなければならないのでしょうか。⇒人口問題、社会問題として捉えることもできます。
 地球温暖化が進行すると異常気象が増えると言われています。その端緒は1998年の長江大洪水だと思われます。この洪水は中国が世界にリアルタイムで状況を報道した最初の洪水でしたので、有名になり地球温暖化と関連づけられて語られるようになりました。しかし、この洪水は決して未曾有の規模ではなく、河川工学の立場からはうまく洪水をコントロールできた事例と考えることもできます。⇒海外に洪水の現況を報道することが許可されたため、有名になり、いつの間にか地球温暖化と結びつけられてしまった。
 ニューオーリンズに壊滅的な被害を与えた2005年のハリケーンカトリーナは地球温暖化による気象災害増加の前触れとして人々の意識に刻まれているようです。大規模なハリケーンが増えているかどうかはまだ意見の相違があります。この災害における教訓は、沖積低地に発達した都市なのに十分な防災対策がとられていなかった、住民の大半が沖積低地の性質を知らなかった、という点にあると思います。⇒カトリーナは大型ではあったが未曾有と呼ばれるほどの規模のハリケーンではなかった。カトリーナ災害はカトリーナの来襲と引き続いて起こった堤防の決壊による湛水、避難がうまく進行しないうちに次のハリケーンリタがやってきたことによる一連の災害であり、社会問題でもあります。
 では日本ではどうでしょうか。沖積低地、三角州の上に発達した都市として東京の下町低地、荒川・中川低地がまさにニューオーリンズと同じ土地条件を持っています。しかし、荒川・中川低地では十分なコストをかけて様々な施設が建設され、住民の安全を確保しています。巨額な税金を投入して建設され、維持されている高潮・防潮堤、排水機場、巨大地下貯水池、等々、私たちはまずその存在を知らなければなりません。
 しかし、日本は人口が減少し、国力が低下する時代を迎えようとしています。従来のやり方を踏襲して、経済成長、イノベーションで問題を解決する方法が良いのか、土地の性質を知ることにより低コストな環境適応型社会に移行する方法が良いのか、私たちは考えなければなりません。
 地球温暖化問題は社会学で議論されている「受益圏と受苦圏」問題として考えることができると思います。すなわち利益を受ける個人、グループ、地域と影響を被る個人、グループ、地域が異なる問題です。千葉県にも、成田空港や外環道、山砂利採取とダンプ公害、産業廃棄物問題、等々たくさんありますが、解決は困難な問題ばかりです。
 「受益圏と受苦圏」問題はまだ十分な解決策が提示できない難問でありますが、その解決は様々な関係者の利害をどう調整するかという問題に帰着するかも知れません。そして、これらの問題解決の経験は、“実質的な、ステレオタイプでない”地球温暖化問題の解決にもきっと役立つだろうと思います。
 環境社会学では地域が良くなることによって世界が良くなる、という「グローカリズム」という考え方があります。世界を幸せにする普遍的な方法などありません。様々な個性を持つ地域の総体として世界があります。地域の問題を一つ一つ解決していくことによって世界が良くなっていく、これが「グローカリズム」の考え方だと私は解釈しています。
 では私たちは何をすればよいのか。私は“もったいない”、“地産地消”といった観点が大切であり、生活者一人一人の地道な行為の積み重ねが世界を変えることにつながると思いますが、具体的な道筋はまだつかみかねています。重要なことは、まず世界の「多様性」を理解し、様々なレベルで「関係性」を意識することです。たとえば、パンにマーガリンを塗りながら、アジアのパームオイルプランテーションのことを考える、牛丼を食べながら、エネルギー問題を連想することも可能です。そして、「空間性」、すなわち地図の上で考える、「歴史性」、すなわち地域の個性(地域性)は歴史によって作られる。この感覚をとぎすますことができれば報道されている環境問題や地球温暖化問題について新しい視点を発見することができるかも知れません。それは私たちがどのように暮らせば良いのか、という問いに対する指針になると思います。