隠者のつぶやき

自由人になってからは“ひと”、自然、農とともにある暮らしをめざしているのだが、どうも“自然”が足りない。自然の中にどっぷりと浸って、ぼんやりと空気を感じる時間を大切にしたいと思っていたが、定年生活も結構忙しいものだ。身心も弱り、暑気のなかの外出は苦行でしかない。それでも太陽は確実に高度を下げ、虫の音色も耳に心地よくなってきた。この秋こそ自然を満喫したいものだ。自然の中でも森だ。森には万物が宿る。森の中で精霊を感じ、魂を宇宙へ運び、この世を俯瞰したいのだ。“ひと”、自然、社会の関係性を整えるにはどうしたら良いのか考える。でも、すぐに地上に戻って、“ひと”、自然、農との関係性を深めたいのだ。(2024年9月1日)

定年から早一年。この間、定年、定年と騒ぎすぎたようだ。控えるようにしようと思うが、これからは老化と気力がキーワードになるだろう。どうも体調がよろしくない。やりたいことはたくさんあり、地道に実行しているのだが、時々気力が萎える時がある。これはいかん、と心を奮い立たせてその都度復活しているのだが、不安になるときもある。そういうときは老人が徒党を組んで、互いに励まし合いながら生きていくのがよろしかろう。実際に地域の活動家は元気な老人が多いのだ。勝手ながら元気をお裾分けしてもらうことにする。若者ともうまくやらにゃならぬ。若者の考え方を知り、時間と空間の中に世代の考え方を位置づけて理解したい。それができる歳になったということじゃ。(2024年4月1日)

新しい年が始まりました。今年は職業を聞かれたら、アルバイト、あるは年金生活者となりましょうか。それとも、隠者と答えましょうか。非生産者と呼ばれるかも知れません。それには抗っていかなくてはならないと思いますが、私も老いて66歳になります。世間ではまだまだ若いと言われるでしょうが、からだもこころも弱っています。それじゃいかんという思いは頭の中にはあるのですが、こころとからだがついていかない状態です。なんとか乗り越えたいと思いますが、いろいろ企みながら暮らしていくつもりです。もう少しはがんばれると思います。(2024年1月1日)

2023年のつぶやき


CMのグラフが意味すること

先のつぶやきは講義冒頭の雑談で話したことだが、もうひとつ気になっていたことを学生に伝えた。それは特茶のCM。本木さんと上白石さん(姉)が演じる“エビデンス”の説明で、グラフを見ながら“8週目から体脂肪の低減が認められました”と説明している。正確には、“8週目には効果が認められているが、それ以降効果は頭打ち”ということになるのではないか。体脂肪の測定値は初期値と8週目、12週目があるが、初期値と8週目の値は直線で結ばれている。これは実験者が8週目までは効果は線形に現れる、すなわちしきい値なし直線仮説(LNT仮説)を採用していることを意味している。だとすると、特茶は飲み始めればすぐに効果がでるが、8週目には頭打ちだよ、ということを意味することになる。特茶摂取をやめる実験を追加して、体脂肪がリバウンドするエビデンスを出せば、飲み続ければ体脂肪を初期値より低い状態に保つことができます、なんて主張することもできるのではないか。講義の最初には環境に関わるこの一週間の話題について話すのだが、この話題を取り上げたのは電車の中で見たセサミンバイタルの効果を説明するグラフも同じ表現で説明されていたから。サントリーの研究員はどう考えているのだろう。広告会社の解釈なのだろうか。日本の科学リテラシーの低下を意味しているとすると、日本は危うい。(2024年10月24日)

意識世界の広さと支配されやすさ

最近、闇バイトによる若者の事件が多発している。関与することによって自分の人生が変わってしまうことを予見できないのだろうか。事件の背後にはなにがあるのだろう。その理由のひとつは若者が関係性を持ち、考え方を形成する範囲、すなわち“意識世界”が狭くなっていることがあるだろう。社会の有り様に関心を持たないと意識世界は広がらない。人は歳をとるにつれ意識世界が拡大し、人生における規範が形成される。そう簡単に悪事に手を染めることもなくなる。若者にはもっと世の中の有り様を観察し、考えてほしい。もうひとつは人とは支配されやすいものだということだ。ハンナ・アーレントの“悪の凡庸さ”は、ホロコーストを実施したナチスの幹部が、実は凡庸なおじさんに過ぎなかったということを明らかにしている。ミッションに組み込まれると思考が停止し、支配されやすくなる。それを意識世界の狭さが助長しているのではないか。やはり、人生を歩んでいくための規範は常に確認していく必要がある。とはいえ、昨今の若者を取り巻く生きづらさは放置することはできない。この国のあり方を皆でしっかり考えないとあかん世の中になったのだ。選挙も近いが、候補者たちはどう考えているのか、深層が見えないのだ。(2024年10月24日)

福島の現在

今日は福島ダイアログにオンライン参加。テーマは「福島第一原発の廃炉と廃棄物と地域の未来」。福島の現在、真実、いろいろな人の考え方を知ることができて本当にありがたい。フランスのシャビアンさんからはANDRA(放射性廃棄物管理機関)の話を聞いた。フランスではなぜ放射線廃棄物管理がうまくいっているのだろう。背後には合理性を重んじるヨーロッパ思想はないだろうか。リスクとベネフィットについてきちんと対話、議論を行い、そして合意(契約)するという習慣がもとになっているのだろうか。合理性を重視するということは表層世界を重視するということでもある。日本人には仏教を背景として深層世界を重視する精神的習慣がある。こころ、感性、ふるさと、先祖、といった深層世界を大切と考える。放射性廃棄物に関する東電、国の説明は科学的合理性にとどまっているから対話すらできない状況にあるのだ。深層世界に踏み込んで、相手の立場になって考える必要がある。しかし、欧米にそういう姿勢がないかというと、あるのだ。エンパシー(共感)である。他人の立場で考えるエンパシーの能力は訓練によって身につけることができる。イギリスの市民教育(citizenship educatin)にはちゃんと組み込まれている(ブレイディみかこさんによる)。フランスの市民教育にもあるのではないか。だから、放射性廃棄物の管理がうまくいっているのだ(見えない真実はあるかも知れないが)。欧米社会の契約がエンパシーをベースとしてなされているから、政府が信頼されているのではないか(神のもとの契約という習慣もあるだろう)。日本のやるべきことは、ひとのこころの領域にも敬意を持ってアプローチし、対話を行うことである。ただし、対話を行う精神的習慣が国、東電には形成されていない。フランスでは技術以外の情報を届けることが重要とのこと。原発先進国から学ぶことは多い。とはいえ、日本でも少しずつ歩み寄りは進んでいるのではないか。廃炉機構の池上さんは、直接住民に対峙する役場の方々の苦労を聞いて、エンパシーの実践について気がついたのだと思う。対話や信頼を形成するには人の人生に向き合うことが必要なのだという。福一の廃炉は見通しがついていない状況だが、必ず達成しなければならない。このことは忘れてはいかん。人の人生に匹敵する時間がかかる中で、人(技術者)が繋いでいかなければならない。文句を言うだけではだめで、廃炉は応援していかねばならんのだ。技術者が誇りを持って働けるようにせねばならぬ。いいダイアログだった。(2024年10月13日)

変革は草の根から始まる

被団協のノーベル平和賞受賞は快挙でした。今年の平和賞は該当者なしにすべし(ストックホルム国際平和研究所)、という提案もあったなかで、ノーベル委員会はよくぞ決めてくださった。背後には強いメッセージが読み取れる。日本原水爆被害者団体協議会のすごいところはその継続性にあろう。混沌とした世の中で理想的といわれ続けてきただろう。しかし、理想を掲げ、現実に屈することなく、草の根の行動を継続し、若い世代に継承している点はノーベル賞に値するどころか、ノーベル賞を超える価値を感じることができる。その理想実現にはまだ時間がかかるかも知れない。でも、社会の変革はいつも草の根から始まっているのだ。(2024年10月12日)

日本に感謝

このところ何年も身心の不調が続いているが、そろそろ限界だ。まずは“身”の修理をはじめなければ。今日は整形外科に行き、MRIとレントゲン撮影を実施。脊柱管狭窄症、椎間板ヘルニアの症状は確かにあるが、軽症だそうだ。なんだ。それでも不調の理由がわかり、不安が一部解消されたことはありがたい。血流を良くして、経過観察となった。次は脳の検査だ。人間ドックも必ず予約せねば。それにしても、すぐに検査ができ、負担も少ない日本は本当に良い国なのだなと思う。(2024年10月11日)

弱さと強さ

イスラエルのパレスチナに対する攻撃は過剰さえも超えているように感じる。朝日朝刊、交論欄で歴史社会学者の鶴見太郎氏の解説は重要だ。イスラエルの姿勢には19世紀末からのポグロム(ロシア帝国内で起きたユダヤ人襲撃)も源流にあるとのこと。それは、ユダヤ人社会に自分たちが弱いからさげすまされている、という意識を生む。弱さが強さに対する憧れを生んだといえるだろうか。イスラエル建国後もしばらくはホロコーストの犠牲者は抵抗しなかった弱いユダヤ人という意識があったそうだ。国民国家の強化の中でホロコーストが重要な意味を持つようになる。弱さに対する思いは中国を思わせる。前中国大使の垂秀夫氏は習近平政権の姿勢がアヘン戦争以降の被害者意識にあるという(47NEWSの記事)。中国は弱かったから痛めつけられたのだ、だから強くならなければならない、ということ。それが習近平の目標になった。ここで、中国にとってのいじめっ子には日本も入るということは強く意識しなければならない。こう考えると、どうすれば良いかという理想的な考えも出てきそうな気はする。しかし、パレスチナとイスラエルはこじれすぎている。歴史とその背景にあることを深く理解し、鶴見氏もいうように、国際社会が責任を持つべきなのだ。経済的な利害を問題にしている場合ではない。強さを追い求めることだけではなく、弱さから優しさを得ることもできるはずだ。とはいえ、現実には理想的な対応は難しい。強者の悪しき過去には心より謝罪し、弱者はそれを受け入れて、同じ未来の方向を見つめる、なんてことにはならないだろうな。いや、それしかないのだ。(2024年10月8日)

科学と科学道

10月1日に東工大と医科歯科大が統合した東京科学大学が誕生したことについて朝日朝刊では大きく紙面を割いている。田中初代学長によると統合の目的は世界の勝ち組になることらしい。では、世界で勝つということはどういうことだろうか。背後にあるはずの大学の役割とは何なのか。科学は時代の流れの中で変節し、現在では制度化された科学として、成果は数字で評価されるようになったが、高得点を得ることはどんな意味があるのだろうか。背後にはなんとなく貨幣の獲得、力の獲得といった煩悩が見えるが、世の中に大学をどう位置づけるのかという理念の部分がよく見えないのだ。世界に追いついてエリートの仲間に入ることよりも、日本独自の道を追求することはできないものか。日本では大学名にある“科学”というより、“科学道”をめざすということを主張できんものかと思う。すなわち、科学を振興するということの先にあるものは何なのかという深い思想を明らかにすることだ。古いヨーロッパ思想である進歩、発展にこだわることもないのではないか。成熟社会への貢献をめざしてもよい。それは先端技術だけではない。SDGsの思想にもつながるもので、世界の草の根の希望でもある。どうも日本のやることがおもしろくなくなっている。それが日本の存在感の低下につながっているようだ。(2024年10月6日)

中央と地方の関係-石破さんに期待

石破総理大臣の所信表明があったが、相変わらずバッシングが厳しいのう。石破さんの本心はこれまでの主張から想像できるので、組織運営で苦労されているのだな、くらいでいいのではないか。バッシングは政治が歪められていることを意味する。もっと、政策に対する深い批判と議論をしてほしいものだ。石破さんの政策の中では地方創生は私も期待するところだ。では、地方が元気になるということはどういうことか。ここでトクヴィル「アメリカの民主主義」を思い出す。アメリカの民主主義は開拓(原住民にとっては侵略であったが)時代のタウンシップがベースになっているという。村が町になり、州になり、国になる過程でアメリカの民主主義がボトムアップでできあがっていった。それが共和党の基盤だろうか。民主党は国民国家が成立して以降、トップダウンで形成された民主主義がベースだろうか。そんな気がしてきた。日本は明治維新以降、トップダウンの民主主義の形成に腐心してきた。しかし、江戸時代まではベースに名主のいる古村があり、藩があり、藩の連合体としての幕府があった。民主主義ではないが、実はボトムも強かった。明治維新で日本は大きく変わったわけだが、石破さんのめざす地方創生はボトムアップ型の民主主義の強化ということだろうか。もちろん、トップダウンとボトムアップの二者択一ではなく、両方が機能することが大切じゃ。トップダウンとボトムアップは都市的世界と農村的世界に敷衍できる。都市的世界の中央と、農村的世界の地方が共存し、二つの世界を行き来できる精神的習慣を持つことができれば良い。それが日本の行く末にとって最も良い道なのではないかな、と思うのじゃがのう。 (2024年10月5日)

人生を考える秋なのだ

飲み続けなくてはいけない薬があり、定期的にクリニックへ通っている。今日もその日。担当の先生に不調の原因は男の更年期かもしれんといったら、血液検査して男性ホルモンが少なかったら注入することもできるが、みんなそうなんですよ、と先を制されてしまった。いろいろ話して、仕事を減らしたらどうですか、と直球を受けた。その通り。やりたいこと、やるべきことが多すぎて、脳みそがオーバーヒートしていることは確実。頭、こころ、身体のバランスが崩れたままだとこの先ちょっと危うい。ちょっと考えてみよう。秋はそんなことを考えるのによい季節だ。(2024年10月4日)

金木犀、初秋香

夜の犬散歩で一瞬、金木犀の香りを感じた。去年は10月13日、一昨年は9月27日だった。まだまだ暑いが、植物たちは秋の訪れを感じている。初秋香は造語だが、秋最初の草花の香りを表現する言葉はあるだろうか。(2024年10月1日)

落葉のペデストリアン

季節が進み、犬散歩も苦行ではなくなってきた。桜も大分葉を落とし、落ち葉の絨毯が心地よい。黒柴娘のつむぎさんは落葉が大好きなのだ。この落葉を集めてビニール袋に詰めている人を見かけるが、いずれゴミとしてだされ、焼却されるのだろうか。厳しい環境で暮らす街路樹にとって自身の葉の養分を再循環させることは生きるために大切なことなのだ。落葉が敷き詰められたペデストリアンには“もののあわれ”も感じる。落葉の情景を美しいと感じる精神的習慣を醸成できないものだろうか。都会では落葉は放っておくだけではあかんことはわかるが、これも考えるべき課題じゃ。(2024年10月1日)

理想と現実

自民党総裁に選ばれた石破さんはさっそく批判的な意見にさらされておりますな。総裁選では理想を語り、就任後は現実に対峙しなければならないので、しょうがないことなのでありましょう。それにしても理想と現実をどう折り合いを付けたらよいものなのか。唯一の方法は対話であることはわかっているのですが、政治の場では対話はなかなか成立しない。対話は相手を尊重することが大前提ですから。対話の実践と折り合いの形成は草の根からボトムアップで達成させていかねばあかんのではないじゃろか。草の根の重要性を改めて認識するのじゃ。(2024年9月30日)

楽農報告

ずっと身心の調子が悪い状況が続いているが、このところは特に芳しくない。頭痛、腰痛、股関節痛が相互作用して気力減退につながり、やる気喪失、仕事遅延ときて、さらなる身心の悪化という負のフィードバックに陥っている。それでも、畑に出るとしばしの休憩になる。夏の間、雑草で覆われた畑も大分整理されてきた。残暑で遅れた秋野菜の種まきも進めることができた。温暖化の世の中なので余った春野菜の種も蒔いてみる。少しでも収穫できれば儲けもの。体力減退のため1時間ほどが限界だが、作業を終えると心に余裕が生まれる。これをきっかけに暮らしを正のフィードバックループに変換したいものじゃ。(2024年9月28日)

老人と若者による共創

自民党総裁に石破氏が選出されたのう。立憲民主の代表は野田氏だ。この二人は67歳。実は私と同世代である(石破氏は一学年上、野田氏とは同学年)。当初は若手に期待する声があったが、最終的にはシニアが選ばれた。シニア、ここでは老人と呼ぼう。老人は知識と経験があり、知恵を持っている。老人には変革を達成する力がある。でも、老人は話がすぐ脱線し、説教くさいという批判もある。昨日から後期の講義が始まったが、最初から“脱線するよ”と宣言し、小難しい話や昔話をたくさんやってしまった。学生はうんざりしたかも知れない。しかし、それには理由があるのだ。知識、経験を積み重ねることによって、関係性でできあがっている世の中がよく見えるようになるのだ。それは政治にとって必要な力だ。だから、脱線も多くなるのだが、実はつながっていることに気付いてほしい。若者は知識、経験が少ないので普遍的、一般的なものに頼りがちになる。老人の視野は広く、若者の視野は狭いといえる。世の中が混沌としてきた現在、老人の力が活用できる時代が来たのだ。ただし、老人といってもどのような人生を歩んできたか、よく見てほしい。ゆりかごで育てられたか、艱難辛苦を乗り越えてきたかだ。後者だと判断したら老人政治家にも期待してほしい。一番大切なことは老人と若者が同じ方向を見て、共創することだ。(2024年9月27日)

科学と社会の関係見直しの契機

朝日朝刊の「交論」欄は「『巨大地震注意』を考える」。その中で名古屋大の鷺谷さんはこう述べている。「臨時情報の話が出てきた時、学会で議論を呼びかけましたが、反応ははかばかしくありませんでした。自分の研究ができればいいと考え、触れたくない人が大半なのでしょう」。それは当然だろう。科学者は因果律によって成立する表層の世界しか見ていない。それはそれでよいのだ。地震の問題に対応すべきなのは地震学だけではない。昨日書いたように表層界と深層界を包括した人間が生きている本当の現実を見つめることができる分野、人材、あるいは習慣が必要だ。地震学が社会との対話、協働が達成できればよいのだが、難しい様だ。一方、社会の方にも問題がありそうだ。鷺谷さんはこうも書いている。「Jアラートもそうですが、日本人は従うことが好きなのかも知れません。情報を出すことで政府が国民をコントロールしようとする印象もあり、危ういことです」。日本は豊かな国になったが、安全・安心を行政に付託して、自分では考えることができない国民が増えた(鷲田清一、「しんがりの思想」、角川新書より)。科学と社会の関係を見直すべき時期が来ている。先般の南海トラフ地震臨時情報がよい契機にならないものだろうか。(2024年9月25日)

科学の見ている世界とひとが生きている本当の現実の世界

伊東俊太郎氏の名前が出たが、コピーしてとっておいた文章を思い出した。河合隼雄編「日本人の心」の伊東俊太郎との対話「宗教と科学」。科学についてずっと考え続けてきたが、この節における二人の対話のなかで、共感できる部分があったのだ。それが、科学は表層界を認識し、宗教は深層界を認識するということ。科学はその発展段階で厳密になりながらも、非常に狭くなった。人間の現実の一部しか見なくなったのだ。だから、狭量な科学では“問題”のリアリティーに接近することはできないのだ。近代科学の対象としてきた世界(時空構造)とわれわれの生きている本当の現実(全体構造)を表した図がこれだ。深層界を意識できないことが現代社会が“問題”に対応できない理由なのだ。表層と深層の全体構造を考えると仏教の唯識との共通性に気がつく。深層に接近することが問題の理解につながる。思想、哲学、宗教は常に時代の先を行っているが、世の中のあり方を変えていく推進力になることは難しいことも実感せざるをえない。(2024年9月24日)

新しい精神革命の時代

河出書房新社の伊東俊太郎編「日本人の自然観」を谷津図書館で見つけた。WEBで予約して東習図書館まで回送してもらう。こんな便利な仕組みがあったのか。これから活用しそうじゃ。さて、人類史の時代区分は生産を軸にした区分(上山説)と、思想とか世界観を指標とする区分(伊東説)があるとのこと。安田喜憲先生の「縄文時代の時代区分と自然環境の変動」の節より。後者の伊東説が本書の編者である伊東俊太郎先生である。上山説の自然社会、農業社会、工業社会はそれぞれ伊東説の農業革命+人類革命、都市革命+精神革命、科学革命+第六革命に相当する。その境界の年代が一致しているのだが、それは時代の変化には精神の変化が伴うということだ。現在、地球温暖化(気候変動)が人類社会における喫緊の問題となっている。この気候変動問題を解決するには時代の精神的習慣の変更が必要だと思い、執筆中の原稿にも書きつつあるところである。原稿では精神的習慣の変更と書いた。実現の前に豊かさや幸せ、生き様について様々な考え方を学び、考える必要がある。新しい精神革命にはどんな思想が登場するのか。その価値観、世界観はどんなものになるのか、考えなければあかんが、基本的考え方は2500年前の精神革命で登場しているのではないか。ソクラテス、孔子、ブッダが登場した時代だ。といっても時代に合わせて修正する必要があるだろうが、なんとなく見えてきた気もする。しかし、世の中にある考え方は多様である。もう少し考えなければあかん。 (2024年9月22日)

技術者に矜持はあるか

千葉県環境アセスメント委員会では水文環境を担当しており、水関係に加えて地形、地質について意見を述べることが多い。今日は新しい案件が始まったのだが、方法書における地形、地質に関する記述があいかわらず紋切り型で、分析がないのだ。受託しているのは名の通ったコンサル会社なので技術力がないわけではないと思うが、現場に対する愛が見えないのだ。それまで知らなかった地域でも、その地域に関する情報は今や十分に公開されており、専門家だったら一定レベルの解釈、分析ができるはずだ。それができないのは事業者アセスメントの仕組みのせいか、コンサルの技術力が落ちているのか。このことは以前にも書いたが、正直わからなくなった。コンサル企業との対話が必要なのだが、学会からも遠ざかり、機会もなくなってきた。技術者には専門分野に対する矜持があるはずだ。技術者が単なる業者としてしか見られず、地位が低いままでは日本の将来が危ういのだが。どうすればよいのかのう。(2024年9月20日)

老いの苦しみ

どうも今日は調子が悪い(ここ数年不調なのだが、今日は特に)。老は四苦のひとつであるが、苦しみの中身は人によって異なるだろう。自分の場合は脳の劣化が深刻。集中力、思考力、記憶力が落ち、デスクワークに支障が出るようになった。もちろん身体も劣化している。特に股関節が痛み、動きが鈍っている。それと関連するかわからんが、太ももの疲れは相変わらずだ。気分が落ち込み、やる気が失せる。どうすれば良いか。楽しいことをやるに限る。まずは音楽だ。音楽は何でも聴くが、今はジャズに凝っている。読書も良いが、頭に入るときと、入らないときが交互にやってくる。今が後者の状態。好きなジャンルは哲学、思想、宗教だが、小説も読まねばあかん。ふと現実に戻ると外は雷。しばし畑に出る時間なのだが、今日は休みにして大相撲を見ることにする。力士の人生が見えるところが良い。推しは高安。(2024年9月19日)

月を愛でる心情

今日は十五夜。夕方暗くなってきたので畑からあがり、空を見上げると、東方にあるマンションの上に月がかかっていた。大きな月をしばし眺める。たくさんの暮らしがある建物にかかる月も良いかも。ここにススキがあったら良いのに、と思うが最近ススキを見なくなったなぁ。月といえば「雪月花」という言葉がある。聞いただけでなんとも風流な気分になる。これは日本人の心だろうか。雪月花は白居易の詩にでてくるが、その後、中国では辞書から姿を消すそうだ(彭浩、伝統文化における「雪月花」の美)。長安で月を詠んだ阿倍仲麻呂は白居易が生まれる2年前に亡くなっている。白居易は仲麻呂の詩を知っていたのだろうか。現代中国では自然を感じる精神的習慣はどうなっているのか。彭さんによると、今の中国の若者の間では「もののあわれ」を「物哀」と表現し、日本の独特な心情として理解されているそうだ。月を見たときの心情が日本独特のものだとしたら、大切にしたいものだ。こんなことを考えながら夕を過ごし、夜の犬散歩にでたら月は高く上がり、小さくなっていた。(2024年9月17日)

日本古来の精神・世界最先端の精神

図書館から借りてきたダライ・ラマ14世著「思いやること」を読み終えたところ。仏教に関する本を時々読みたくなるのだ。この本でダライ・ラマが強調しているのは「慈悲」と「縁起」なのだと思う。「慈悲」を「思いやり」と表現しているが、エンパシーと通じるところもある。相手の立場をおもんばかるということ。「縁起」は関係性。相手や世の中の様々な関係性を見通し、俯瞰的に眺める視点を説いている。それが「苦」を克服する道筋だ。このことは仏教の宗派によらず、仏教全体に通底するものだろう。ブッダの語った真理だ。今、環境に関わる作文をしているが、そこで主張していることが仏教の精神と同じであることに気付く。最近の日本のオワコン論争(8月29日参照)で、前澤氏が語っている「日本人であることの誇りと自信」とも関わっているのではないか。日本の近代化で失ってしまった日本の精神だ。これが環境を良くする営みと通じるということは、日本独自の価値として世界に発信できることなのではないか。「慈悲」と「縁起」、あるいは「思いやり」と「関係性」。これを重視するのが日本が本来持っていた誇るべき精神であり、世界最先端の精神なのだ。取り戻したいもんじゃ。(2024年9月15日)

令和の米騒動とは

お米の品不足もそろそろ終息かなとは思いますが、報道は続いているようです。1993年の冷夏を思い出しましたが、あのときも米がなくて焦りましたが、翌日にはスーパーの棚にならんでいたな。消費者の気持ちもよくわかる。要因はいろいろあるでしょうが、最も底層にあるのは日本人がお米の価値を忘れてしまったことにあるのじゃなかろうか。モンスーンアジアの恵みを受けながら何千年にも渡って栽培し続けることができることをありがたみを忘れておる。農政では米を工業製品と同じ感覚で扱っておらんか。恵みは感謝の心を持って享受しなければならんのだ。現場における問題は生産に比べて小売りが強くなりすぎていることがありそうじゃ。生産者が価格を決められないのだ。現在価格が高騰しているとはいえ、茶碗一杯で比べるとパンより十分安いのじゃよ。こんなありがたい食糧は大事にせねばあかん。米の生産を通じて様々な関係性が生まれている。農業の多面的機能については十分に論じられているとは思うが、まだまだ世間には伝わっていないようだ。今回の米騒動が米の価値を見直す機会になればよいのじゃがのう。(2024年9月6日)

老人と医療

エアコン無しで寝たのは久しぶりだった。窓から入ってくる涼気が心地よかった。昨晩は新月だったので空は暗かったが、虫の音は心地よかった。昨夏はエアコン無しで夏の夜を過ごしたが、今年はすっかりエアコンにはまっていた。高温と体力低下の相互作用だ。最近、体調が優れない。新聞で微鬱に関する記事を読んだが、これではないのか。男の更年期に関する記事でも、ひょっとしてと思う。医療のお世話にならなければあかんと思うが、老人が医療に負担をかけてはあかん、という思い込みもあるのだ。でも、老人が健康であることが社会の負担の軽減にもなる、ともいえる。永年働いてきたのだから、医療のお世話になってもいいかなと思う。ただし、行動が遅いたちなので、冬に入る前には何とかしたいものだ。(2024年9月4日)

災害をいなせる社会の構築

この週末は台風10号がやってきて大荒れかなと思っていたら、そうでもなく一安心ではあるが、西からは災害のニュースがひっきりなしにやってくる。こっちに来るなと念じていたが、けっこう効いてしまって西国の方々には申し訳ない。台風は勢力を弱めているところであるが、ハザードをいなすことができないものか、常々考えている。ハザードがディザスターになるのは低地や崖の下に住まざるを得ないからだ。それは暮らしのために都市域へ移動せざるを得ない世の中の仕組みにある。貨幣が中心にある社会が人の都市への集住を促し、社会そのものを脆弱にしているのではないかな。どうしたら分散して暮らす社会を築けるか。貨幣をまわす単位を小さくすること、使いやすいモビリティ-を確保すること、離れていても仕事ができること、いくつか考えられるが、どれも実現可能なものだ。土地と家と管理機があれば、人は協働の輪の中で生きていくことができる。一方、先端的で華やかな都市的世界があっても良い。農的世界で生きながら、都市的世界で挑戦し、疲れたら農的世界で心身を癒やし、また都市的世界に還っていっても良い。そんなに難しいことではないが、人の精神的習慣の変更が必要だ。案外できそうな気もする。ハザードが来ることがわかったら、社会の仕組みを止める習慣もできつつある。まずは日本の生活文化に誇りを持つことが必要。地域でひと、自然、農とともに生きる習慣をベースにすることからはじめれば災害をいなせる社会の構築は達成できるのではないかな。(2024年8月31日)

科学におけるニヒリズムからパラダイム変化へ

水文・水資源学会誌の記事「『山地流出過程と地形発達過程の整合性を考える研究会』最終報告」は私も気になる分野なので一読した。研究の現況を知ることができ、ためになったのだが主催者の谷誠先生が最後でこう述べている。「『観測とモデルにギャップがあってもやむを得ない』というニヒリズムに惑わされるな。モデル化を進めよう」と。その背後にはphysically-based, process-orientedの精神があるのではないか。谷先生が若く現役で活躍していた時代のIAHSの精神だ(80年代だったろうか)。その通りなのだが、私はモデルによる理解にはニヒリズム的な感覚は持っている。もちろんモデルは研究成果をまとめる方法としては最適だが、現場は複雑で多様だ。そんな現場を俯瞰するにはどうすれば良いか。地道な研究と情報交換から生まれる多数の(小さな)研究成果の比較研究とメタ解析の結果から地形発達を総合的に見通すことも必要ではないか。とはいえ、それは科学の方法のパラダイム変化なのかも知れない。研究者の評価制度が大量の論文生産と数値指標の高さでなされる状況を乗り越えるためにもパラダイム変化を起こす必要があるが、実行は難しいだろう。ここにも日本の科学力の低下、それは経済力の低下なのだが、そこに一因がある。低成長時代を迎えた日本ではしょうがないのか。やっぱりニヒリズムに陥ってしまいそうだが、災害をベースに置き、うまい戦略も立てられそうな気はする。(2024年8月30日)

地方への人材環流-中国と日本ー

朝日朝刊の「論壇委員が選ぶ今月の3点」で気になる記述を見つけた。現代社会・アジア担当の安田さんによる東亜8月号の田原さんの記事「中国的『県域社会』の現在」の評から(ややこしや)。中国では就職難を背景に、都会から若者が農村に戻るようになり、新たな人材環流が目立つようになっているという。中国の農村はずいぶん歩いたが、表向きの“貧しさ”の裏にある“強さ”はしっかり感じ取っていた。農村の強さこそ社会の基盤だと思う。そこに、人材環流。中国は変わる、という予感がする。実は地方への人材移動は日本社会の方向性としてめざしているシナリオのひとつでもある。日本でもたくさんの成功事例があることはわかっているが、変化のスピードが速い中国に抜かれてしまうのではないか、という思いも出てきた。別に抜かれても良いのだが、日本の地域で何が起きているのか、なかなか見えにくいことも確か。隠者としてしっかり観察し、プッシュしていく必要があるのう。社会の底流は確実に変わりつつあるのだ。(2024年8月29日)

日本人は滅びるか

ネット上で繰り広げられる柳井氏と前澤氏の議論がおもしろい。柳井氏は“滅びる派”で、前澤氏は“滅びない派”で、議論はネット上で広がりを見せている。中身は従来から言われていることではあるが、重要な点は両氏の“意識世界”の広がりにあると思う。隠者の勝手な推測であるが、柳井氏の活動域は空間的にはグローバルであるのだが、意識世界は意外と狭いのではないか。都市的世界、成功体験によって形成された世界だ。前澤氏も成功者ではあるが、その意識世界は意外と広いのではないか。世界を俯瞰する力は前澤氏が勝っているように感じる。おふたりの人生の目的が違うのかもね。広い意識世界のもとで見ると日本は滅びないと私も思う。田舎というものは案外強いもんだ。文化の力は絶大だ。日本的なるものをしっかり理解することは日本人としての誇りにつながる。循環する時間の中で、持続することも大切。直線的な時間、進歩する世界に囚われることもないだろう。安寧な暮らしこそ人生の目的(挑戦だって人によっては安寧の条件のひとつ)。さて、この世界はどうなるのか。隠者として観察を続けるのだ。(2024年8月29日)

“どぶちえ”いただきました

昨日、飯舘村のまでい館で買ってきたどぶろく“どぶちえ”を冷やして頂きました。千恵子さんの醸したどぶろくで“どぶちえ”。このどぶろくは2011年に飯舘村に通うようになって、その存在を知り、いつか味わいたいと思い続けていた酒。辛口、濃厚な味で、よくある甘いどぶろくと違い、悪酔いはしなさそう。大事に飲もう。2011年4月11日に発行された書籍「までいの力」にも紹介されている。“まげねど飯舘”のみなさんにお世話になって調査や会合に参加していたときにも耳にしていた。千恵子さんのお店「きまぐれ茶屋」の脇も良く通った。避難先で生産を開始し、避難指示解除後にはネット販売もしていたのだが、デジタルデバイドが拡大し、決済の方法がわからなかったのだ。ようやく手に入れた“どぶちえ”。千恵子さんとは面識はないのだが、このどぶろくの物語を知っているのだ。だから味わい深い。飯舘村ではたくさんの方々にお世話になったが、今はどうしているのだろう。なつかしさがこみ上げてくる。また、行きます。(2024年8月27日)

科学と社会の合意

昨日は朝から外出だったので新聞を読み返しているところなのだが、朝日朝刊の一面トップは「火山研究 地震の『30年遅れ』」。さらに副題で「予算4分の1 学者は6割」と続く。このこと自体は何十年も前から言われていたことで、火山分野に限らず研究の必要性はもっともである。ただし、なぜ火山研究が必要か、ということについて深い議論と合意が必要なのではないだろうか。報道ではそこを深めてほしい。時代は少子高齢化、人口減少、低成長のフェーズに入った。医療、福祉、教育、などあらゆる分野で予算の必要性は増している。背後にある思想を明示した上で、対応を考える。その結果、火山研究予算を増やし、火山監視体制を強化するということになれば、それで良い。火山大国である日本は世界の火山研究をリードしてほしい。そのためには予算獲得、体制づくりが重要だ、という考え方もある。一方、もっと医療や福祉などに予算を、という考え方も当然だ。要望、決断のベースには思想がほしい。日本は思想がない故、戦争へ突き進んだという教訓を活かしたいものだ。注意すべきは、メカニズムがわかれば、そして予知ができれば、災害を減らすことができるという言説だ。若い火山である限り、いずれ噴火する蓋然性はある。それを諒解した上で、備えて暮らすという考え方もありえる。低成長の時代、すなわちお金のない時代には確固とした思想に基づいて研究を推進し、社会と関わることがますます重要になってくる。科学者も思想を持ち、それを社会が認めることが重要だ。困難な営みではあるが、時代の流れなのではないかな。科学と社会が合意することはできるか。(2024年8月27日)

暮らしの空気

山木屋(福島県伊達郡川俣町)に行ってきた。早世された宮﨑美砂子先生が制作したビデオ教材「災害からの復興とまちづくり」のお披露目。私も出演しているが、どうも「カッコいいことをいう科学者」風で恥ずかしい。本当は科学者の視座と現場の視座は大分異なるということを言いたかったのだが、改めて視聴すると、それは科学者の世界に向けて発信すべきことだと気付く。科学界には十分発信しているので、これでよしとしよう。山木屋は暮らしの空気を大分取り戻している。人口は減ったが、ふるさとに誇りを持っている方々の帰還なので、未来は明るいと思う。帰途では久しぶりに飯舘村に寄った。飯舘でも暮らしの空気は確かにあった。新しくできた道の駅でどぶろく「どぶちえ」を購入。ようやく入手した。事故前から現在に至る経緯を知り、いつか飲みたいと思っていた。冷やしてから頂くことにする。キーワードは“ふるさと”。ふるさとの誇りを維持できれば必ず復興できる。その原動力は“ひと”だ。ひとは土地と家と管理機があれば、“ひとびと”の力によって生きていくことができる。ただ、帰りたいひとがいることも知っている。原子力災害で失ったことを取り戻せない人々もいるのだ。文明の利器を使いこなせないと、“ひと”を苦しめることになる。近代文明人とはどうあるべきか。阿武隈の風景を眺めながら思いを深くする。(2024年8月26日)

国家神道と支配

自民党総裁選が始まったが、候補がたくさんいるのは良いことなのだろう。ただし、若手も含む候補の何人かが靖国神社に参拝したことの意味は深いような気がする。明治政府によって創られた国家神道は国民国家形成のために、国民を支配するための便法なのだと思う。神社神道とは別物じゃ。欧米におけるキリスト教の役割を期待したのだ。政府与党の一部のシニアの方々の“国民を支配する”という精神的習慣を引き継いでいるということで、若手といえども中身はシニアと同じということではないかな。明治政府の列強と渡り合うという精神を引き継いでいるということだが、当時と現在では“渡り合う”ということの意味は違っていると思う。明治維新の時代には国家神道を必要とした背景があった。それから150年以上経った新しい時代の“強さ”をきちんと主張できる人材に首相になってもらいたいものだ。老人は経験と知識がある。そこから知恵を生むこともできるが、経験と知識が古い時代を引きずる方向に作用する老人もいる。老人も老人だからだめ、ということではなく、しっかりと見極めたいものだ。支配されるのはいやだからな。(2024年8月25日)

技術者のモチベーション

福一で燃料デブリ取り出し作業が延期されたそうだが、六ヶ所村の再処理工場もまだまだじゃ。なぜか。現場の技術者の士気が落ちており、人材も育成できていないのだろうか。技術的に難しいだけなら、技術者にとってモチベーションにもつながるだろう。原子力技術は優れた技術だが、日本人が原子力を使いこなす総合力を持っていないので考え直すべきというのが持論である。しかし、数千年、数万年後を考えると地球が氷期に入っている蓋然性は高い。氷期には短期間で気温が乱高下することもわかっている。その時にエネルギーをどう賄うのか。これは人類にとって極めて重要な解くべき課題ではないか。原子力の商用利用は棚上げにして、基礎研究は継続とした方がよいのではないかな。技術者にとって、未来の氷期において人類を救う研究・開発をしているということはモチベーションにならないだろうか。遠い未来では人口も減っているだろう。その状況のもとで原子力をはじめとする科学技術の便益、リスク、コストを万人が理解し、全員監視のもとで運用する。これが文明人のありかただ。科学技術というものは人類が衰退局面に入った時に有用になるものかも知れない。(2024年8月24日)

博士人材が活躍するには

政府が博士号を取得した専門人材の就職支援を行うそうだ(読売オンラインより)。若手博士号取得者の苦境は今に始まった問題ではないが、根は深いように思う。分野によって違うとは思うが、“科学教”とでも呼べる“真理の探究が科学であり、それが貴いのだ”という教義がないだろうか。昨今の文部科学政策の中で、研究者のエリート化が進み、それが科学教をさらに強化している。かなり穿った見方であるが、さもありなんと思う研究者OBも多いのではないかな。大学教員は基礎科学に従事していようとも科学と社会との関係を見据え、社会との交流を絶やしてはいかん。社会の側も科学の価値について十分知っておく必要がある。科学のあり方として基礎科学と課題解決型科学に対して、モードの異なる問題解決型科学のあり方を考える必要があるだろう。それは少子高齢化、人口減少、低成長を迎えた時代の要請でもあるのではないかな。それは世界の中の日本のあり方を考えることにもつながる。(2024年8月23日)

科学的合理性の限界

環境アセスメントではいつも割り切れない思いを感じてしまう。法的には事業によって“自然”(“環境”ではないのである)に影響があるかどうか、を判断することが委員会の目的である。判断に際して事業者はデータと科学的手続き、すなわち科学的合理性をもって“影響がない”ということを結論づけるのであるが、多くの場合、データを収集することは困難であり、科学的合理性には仮定が存在する。その結果、曖昧な結論を忌避する事業者アセスメントとしては“影響がない”というよりも“影響がないということになったかどうか”という思考に陥ってしまう。一方、地元としては影響に対する心配がある。科学的合理性に基づいた判断を提示されるだけではモヤモヤ感が残ってしまうのである。すべてを明らかにすることはできないことを前提とした対話による合意形成ができないものかと思うが、事業者は十分な対話を行ったという。しかし、それは科学的合理性の一方的提示に過ぎないことも多い。対話による合意には、未来に対する諒解も必要だ。法定のアセスメントではそこまで踏み込むことはできないのだ。(2024年8月21日)

高石ともや逝く

またひとりいなくなり、古い時代が置き去りにされていく。高石ともやはフォーク少年だった頃の自分にとって憧れの存在のひとり。歳をとってからは老いを吹き飛ばしてくれる力の源だった。たまにテレビで見かけ、元気を頂いた。若い頃はレコードを買う金もなく、ひたすらラジオで放送されるのを待っていた。武蔵野フォーク(高円寺や荻窪あたりを拠点としていた若者たち、今は鬼籍に移られた方も多くなった)とも底通する時代の雰囲気。反戦、貧乏、風流、風刺、...。一方通行の時間は寂しい。死者たちとともに生きる、循環する時間(内山節いわく)の中で暮らしたいものだが、音楽だったら可能だ。自分のWalkmanの中には過去と現在が区別なく存在している。永らく聞くことができなくなっているレコードから取り込むガジェットも入手せねばあかんな。(2024年8月19日)

災害をいなす

南海トラフ地震臨時情報が終了したが、生業や暮らしに深刻な影響を被った方々もたくさんいるだろう。防災の担当者としては注意を呼びかけざるを得ない事情もわかるが、ぜひとも検証をしっかり行って、次に備えてほしい。市民側も地震のメカニズム、歴史、“1週間”の意味、諸々を理解し、自分で行動を決める力を養ってほしい。朝のテレビ番組では、海で遊ぶ親子から“地震が来たら誘導に従って避難します”というコメントをとっていた。地震時に誰が誘導してくれるというのだろうか。安全・安心を行政に付託したことから生まれた日本人の精神的習慣が顕れているように感じる。地震は必ずやってくるが、いつ来るかはわからない。発生時に被害に遭わないような社会のあり方や仕組みを構築して、災害をいなすことができるようにならんものか。いろいろな方法が考えられるが、まずは自然の仕組みを知り、自分と自然を分断させないことが必要。高校の地理、地学の学び直しもありだ。一方、災害を気にしすぎても落ち着かない。その時は、学術としての哲学、思想、宗教が人に諒解をもたらすだろう。災害をいなすことができる社会が成熟社会のひとつのあり方だと思う。(2024年8月16日) 

終戦とはなにか

今日8月15日は終戦記念日。79年前のこの日の正午に天皇による「終戦の勅書」が放送された。それは日本が戦争に負けたことを公に認めた日であるが、手続き上の終戦は降伏文書に調印した9月2日であろう。この二つの日付の間にも戦闘は継続されていた。調べてみると「終戦の日」というのは一般の通称であり、政府は「戦没者を追悼し平和を祈念する日」としているのだ。旧ソ連の参戦等の政治的な問題も背後にあり、8月15日を終戦ということにしているのだろうな。それにしても終戦よりは敗戦なのではないかとも思う。終戦とすることで日本人は“加害”の意識が希薄になった。これも当時の中国に対するアメリカの思惑が背後にあることもわかるが、そろそろ歴史を総括し、各国の考え方も理解し、尊重した上で日本の行く末を考えなければいけない時代になったのではないかな。遅きに失するというのは簡単だが、未来は確実にやってくるのだから、日本は成熟しなければあかん。(2024年8月15日)

成熟という理念

岸田自民党総裁が次の総裁選に立候補しないことを表明したことがお茶の間を賑わしているが、岸田氏は日本の未来についてどんな理念を持っていたのだろうか。そこが良く見えなかったのだが、自民党にとっては理念は自明のものなのかも知れない。それは高度経済成長を牽引した古いヨーロッパ思想がめざす進歩、発展する国であり、その推進力はアメリカ思想でもある経済力というもの。これもひとつの考え方としては尊重しなければならないが、世界の歴史や有り様に対するどのような評価に基づいて主張しているのか、という点を明言してほしいものだ。様々な側面で日本の衰退が顕在化している現在、古い時代の考え方を検証なしに持ち続ける態度では安寧な未来は築けないのではないか。“成熟”とは何か、ということをしっかり主張できる人材に次期総裁になってもらいたいものだ。 (2024年8月14日)

理念ある未来の創造

ちょっとショックなニュースだった。深海探査機「しんかい6500」の寿命が迫っているのだが、すでに耐圧殻を製造する技術が継承されておらず、すでに製造が中止されている機器もあるという。どうしてこんなことになったのだろうか。深海探査技術の重要性を理解できた為政者や官僚がいなかったということだろうか。それとも、科学者の努力が足りなかったと言えるのだろうか。いやいや前者だろう。日本はトップに総合的、包括的、俯瞰的な視野、視座を持つ人材がいないのだ。それは政治の不作為ともいえるが、日本社会全体で科学技術立国を支えるという意識が根付かなかったのだろう。それは良い国になったということの証でもある。ではどうするか。後発で挽回するか、それとも今までとは異なる新たな社会の実現をめざすか。案外これが最も真っ当な道ではないだろうか。さて、日本は理念を持って未来へ進むことができるか。(2024年8月12日)

無期限の暫定的存在

フランクルは強制収容所における被収容者は「無期限の暫定的存在」と定義できるという。脆弱な人間とは、内的なよりどころを持たない人間であり、それが究極の状況において人間の内面生活を歪ませる。なるほど、よりどころがあればと思うが、凡夫が暫定的存在の中で人生の意味を追求し続けることは難しい。強制収容所の中で凡夫は帰ってこず、人生の「意味への意思」がある者が生き残った。この暫定的存在は今の自分でもあるように感じる。頭の中には人生の意味への志向はあるのだが、心身がついて行かず、行動につながらないのだ。それが苦しさにつながる。それは自分が凡夫であることの証左であるのだが、乗り越える方法がわかったのであれば、やりゃいいじゃないか、という声も聞こえてくる。人間というのは結構強いものだ。フランクルの経験を知るとそうも思う。ならば、心を入れ替えて、と思うが...少し元気が出たようだ。(2024年8月7日)

人生の意味と風流

過酷な状況にある強制収容所の被収容者たちでも、たまたま目にした素晴らしい情景、それは森であったり夕焼けであったりするのだが、回りの苦役にあえいでいる仲間にその情景に注意を促すことがあったという。ほんの少しの間、その情景に心を奪われていた後に、だれかが「世界はどうしてこんなに美しいんだ!」と言ったというのだ。これは日本で言うところの“風流”の感覚ではないか(雅とはちょっと違う、自分を自然の一部とみなし、その自然を愛でる精神という意味で使いたい)。かつて西行は家族や仕事を捨てて風流の世界に飛び込んだ。自然を愛でる精神は人間そのものの本質ではないか。人生の意味とは、賞賛に値する価値を生み出すことではなく、自然の美しさに感動すること、ただそれだけで良いのではないか。旧約聖書では神以外のものを賞賛してはいけないのだそうだが、そんなことはない。風流は人間の本質であり、誰にでも人生の意味を与えてくれるのだ。過酷な状況にいるときこそ、風流が魂の救いになるのではないか。(2024年8月7日)

いい人は帰ってこなかった

「夜と霧」を読み出して5ページ目で出会った言葉。ナチスの強制収容所を経験したヴィクトール・フランクルがためらわずに言った言葉。人は品格のある人と、ない人に分けられる。強制収容所では品格のあるひとが最初に死んでいった。帰ってこなかった人の人生は意味があったのだろうか。フランクルはそれでも“意味がある”と考えるのだろうが、それは大宇宙の真理側から見える意味であろうが、“その人”にとって意味はあったと言えるのだろうか。“その人”は帰ってこなかった人である。人生の意味を奪われたと人である。やんごとなき人生を過ごした人々は立派な達成がなくとも“意味があった”と感じることはできるだろう。カントが言ったように生きることこそ尊いのだ。だから言う。人から人生の意味を奪ってはいけない。これがフランクルの言いたいことだったのだろうか。今日は広島に原爆が投下されて79年目。多くの人々が人生の意味を奪われた日だ。そんなことは二度とやってはいけないのだ。(2024年8月6日)

人間の基底にあるもの

先日、加賀乙彦を呼んでいてヴィクトール・フランクルに出会い、さっそく「夜と霧」(池田香代子訳)を注文。アマゾンのおすすめに引っかかり、勝田芽生「ヴィクトール・フランクル-それでも人生には意味がある」も同時購入。これはNHKこころの時代のテキストであるが、こちらが先に届いたので一気に読了。「夜と霧」も届いたので読み始めたところ。これはこころに響くものがたくさんある。ユダヤ人であるヴィクトール・フランクルの人間観には仏教と通じるものがあるように感じた。利他の精神と「意味への意思」、唯識と「心、体、精神」など。「人間を超越した存在」は手塚治虫がコスモゾーンと名付け、火の鳥で表現したものかも知れない。私自身もフランクルがいうところの「人間を超越した存在」の力、それは「宇宙をつかさどる存在(大日如来かも)の意思」と言って良いと思うが、そんな感覚を意識しながら生きてきた。人間の基底にあるものを掘り下げていくことで、世界で起きている戦争、紛争を止める考え方が出てきそうだ。もう少し読み込んでみたい。(2024年8月5日)

幸福は定義できない

今日は医者と薬局の待ち時間が長かろなと思って加賀乙彦の「不幸な国の幸福論」を持って出かける。そしてこの言葉に出会う。あ、そうやな。ストンと腑に落ちる。なんでやろ。そんなことはわかっていたはずなのに、なんで今。時々こんなことがある。それは頭でわかっていたことを、こころで諒解したということやろか。では今の自分は幸福やろか。う~ん、わからん。他人と比較することをやめることができないうちは幸福とはいえんやろな。はよ解脱せにゃあかん。(2024年8月2日)

時間の加速と減速

もう8月か。定年以降の時間の進行が加速している。日常の行動がルーチンになってくると時間が早く進むそうだが、結構いろいろな仕事もやっている。おそらく達成感がないと、時間を減速させることができないのではないか。自分に自信を持てない性格なので、何か事をなした後には必ず後悔がやってくる。これがいかんということはわかっているのだが、自分の性格を変えることは難しい。何とか変えたいと思い、“こころ”について勉強し、頭ではかなりわかっているつもり。でもだめなのは、人生を達観し、未来に期待を持たなくなっているからだろうか。解脱はいつやってくるのか。(2024年8月1日)

観光立国は何のため

朝日朝刊、耕論は「オーバーツーリズム考」。東京女子大の矢ヶ崎さんが「観光立国は地域が元気になるための手段です」と述べている。その通りや。大学教授だけでなく行政に関わった経験をお持ちで、記事からは分析と経験に基づく考え方であることが感じられる。一方、夕方配信のYahooニュースで、岸田首相は「全国の国立公園に高級リゾートホテルなどを誘致する方針」という記事を見つけた。その思想はなんだろうか。わかりやすいシナリオ、スペキュレーションに基づく単純思考、すなわち、インバウンドは高級志向、これで稼げる、という考え方が読み取れる。分析はあったのだろうか。高級ホテルで地域が元気になると考えているのだろうか。岸田首相に基本的考え方とビジョンを示して頂きたいと思うが。(2024年7月19日)

少子化対策はなぜうまくいかなかったか

朝日朝刊の記事「若者の経済不安/見つめなかった対策」から。家族社会学が専門の中央大の山田さんは、少子化問題が30年以上も前に認識されながら、有効な対策を打てなかった理由としてこう述べている。「非正規雇用の増大という現実を見ずに、結局、政府の少子化対策が『大卒、大都市居住、大企業勤務』の若者を想定したものだったからです」。現在、日本人は91%が都市に居住している。地方から人が都市に集まった高度経済成長期を経て、現在では多くの人々が都市で生まれ、都市で育っている。その世界観は都市的世界によって形成されており、声が大きいのは正規雇用の都市生活者だ。農村的世界が見えなくなっているのではないか。今こそ、都市的世界と農村的世界を俯瞰した上で、日本の社会の有り様を考える時なのだ。人が都市的世界と農村的社会を自由に行き来できる社会、これが私の考える未来の日本だ。人は安心して、少し豊かに、楽しく、誇りを持って暮らすことができるだろう。安心は“ふるさとで暮らすこと”の諒解から生まれる。人生も残り少なくなったが、少しは努力しながら、世の中の有り様を見続けていたいと思うのだ。(2024年7月18日)

「地方創生夢の跡」の理由は

朝日朝刊の記事の見出し。第2次安倍政権が「地方創生」を打ち出してから10年、東京一極集中が変えられなかったというが、そのもとになった民主党の原口プラン「地域主権戦略」からは15年だ。都立大の山下教授は、「構造的な課題への対応策が示されていない」、「過密・過疎はどうするのか、地方と東京の関係はどうあるべきか、といった大局観がないまま検証と分析がなされてしまった印象だ」と述べている。今の日本は思想、哲学に基づいたビジョンを示して政策を立案、推進する力を失ってしまったのか。繰り返しになるが、小松真一や山本七平が指摘、論考した「日本には思想がなかった」ということが変わっていないということなのだ。目先の経済を重視するなんてことは、思想がなくてもいえるのだよ。(2024年7月18日)

対話へのきっかけ

トランプ氏が狙撃されるという事件。拳を振り上げるトランプ氏を見て、大統領選の趨勢が変わるのではないかと思ってしまった。さらに、あと数cm弾道が右にずれていたら世界は変わったのではないかと思った。こんな発想に対して、まずはトランプ氏を気遣うべきだ、人の心がないという批判がSNSを賑わしている。その通りだ。でも、人間とはそんなもの。完璧な人間などいない。日本の昔話に、相手の失敗を願った男が、すぐに反省し、相手にわびるという話があった。相手が受け入れれば、そこから対話が始まるだろう。今回の件で、暴力や非難合戦は民主主義の根幹を揺るがすことが改めて認識され、両陣営の対話が始まらないだろうか。理想的すぎるかも知れないが、今回の件はそれだけの人の精神的習慣の変容をもたらすに十分はものだったと思うのだが。(2024年7月15日)

政治家の世界と現場の世界

先ほど防衛省の不祥事について日本の豊かさがもたらした必然ではないか、と書いたが、「特定秘密」に関しては法律を作りたい政治家の世界と、自衛隊の現場の事情が交わっていないことが背景にあるらしい。政治家が現実をしっかりと分析し、法律の立案の際に、現場における様々な事情を勘案していればうまく運用できたのではないか。法律の中身は別として(反対ではあるが)。政治家の思想と熟慮なきエリート志向が現場を混乱させている。トップと現場の乖離は今や多くの分野で認められる。このことが日本の劣化につながっているのではないか。(2024年7月13日)

不祥事と豊かさ

防衛省の不祥事が新聞の一面を賑わしている。とんでもないこっちゃ、と思うが、それは日本の豊かさがもたらした必然ではないか。いろいろあるが、実際豊かである。豊かさによる安寧が緩さをもたらし、自衛官であっても緊張の中に身をおくことができなくなっている。もう日本は戦争はできないということだ。やっちゃいかん。武力とは別のやり方で平和をめざさなければならない。といっても豊かさが悪いわけではなく、豊かさと同時にあるべき思想や哲学がないのが問題なのだ。外国ではキリスト教、ユダヤ教、イスラム教といった一神教が精神の基盤にある。それを知った明治維新の偉人たちは国家神道を興したわけだ。その結果はすでに明らかになっているが、靖国神社に参拝する自衛官はそのことを知っているのだろうか。日本は仏教を大切にした方が良い。仏教は宗教というよりも人生の哲学だ。仏さまも極楽も現世の苦しみから逃れるための便法であり、方便であることは仏教者であればみな承知だ。仏教が語る人の生き様を実現できる社会、それが未来に向けてめざさなければならない新しい社会なのではないか。過去に戻るのではない。直線的ではなく、スパイラルに変わっていく社会だ。なお、仏教には唯一の教義、経典はない。歴史の中でたくさんの仏教者たちが考え抜いて、たくさんの経典を書いている。仏教は多様なのだ。多様性を最初から認めている宗教も良いじゃないか。信じることができれば、人生は楽になり、世界を俯瞰することができるようになる。(2024年7月13日)

思想や哲学が失われた時代

科研費増額の署名運動に参加せよとの指令が来たので、署名したところです。送られてきた文書にも目を通しましたが、なんとなくすっきりしない。それは、要望の基調が進歩する社会を前提に、イノベーション、経済成長を果たすための科研費というニュアンスが強調されているように感じるから。それは、狭い“世界”を共有している閣僚に対する要望なので、同じ“世界”を共有していると見せかけるためだろうか。国民に対しては科学と社会の関係性に対する深い考え方を提示しなければならないのだが、それは公にされているだろうか。まずは権力者に訴えるしかないということ。それにしても権力とは何だろうか。権力が権威を伴わなくなってきた。権威の背後にあるはずの思想や哲学といったものが見えなくなっている。本当にないのかも知れない。そうだとしたら暗い時代への兆しである。小松真一や山本七平が指摘、論考したように日本には思想がなかったということ、戦争を経てもそれが変わっていないということだ。昨今、不祥事が多い。それは思想や哲学が軽んじられているということではないだろうか。だとすると、その根っこは明治維新にあるだろう。日本人は思想、哲学、そして背後にある(哲学としての)宗教観も取り戻し、世界的なコンテクストの中で自己を見つめることができなければ安寧な未来は望めないんじゃないの。新しい社会は必要だ。(2024年7月12日)

楽農報告

しばらく報告していなかったが、畑はまずまずの状況。暑くなってきたが、晴れた日の夕方にはできるだけ畑に出るようにしている。おかげで今日は野菜が採れすぎて、どうしようと独り言つ。でも、ありがたいことだ。キュウリ、ナス、ピーマン、シシトウ、ダイコン、ニンジン、ズッキーニ、トマト、ネギ(無限ネギ)が採れており、タマネギ、ジャガイモは備蓄がある。ジャガイモはキタアカリとハルカだが、ハルカがけっこううまい。2株育てているポロシリも収穫時期。カボチャ(飯舘雪っ娘)、サトイモは順調、下仁田ネギ、ゴボウも育っている。インゲンは終わりが近いが、次の苗が育っている。近所では新築分譲住宅が増えているが、みな庭と窓が小さい。小さな窓はZEH化だろう。家庭菜園ができるくらいの庭を持つことができれば、野菜はけっこう採れるものじゃ。政府は食料安全保障の危機を煽っているが、身近なコミュニティーで野菜を融通できれば、それこそ都会の食料安全保障じゃ。庭が広ければ風通しも良くなり、樹を植えれば日陰もでき、涼しくなる。食料も気候も合わせた総合的な政策が必要なのじゃがのう。(2024年7月6日)

グローバル化とノーベル賞級の研究の関係

おもしろい記事を見つけた(朝日朝刊)。「『ノーベル賞級』グローバル化で鈍る?」という見出しだが、グローバル化が進むと、ノーベル賞級の研究は生まれなくなる、らしい。筑波大の大庭さんの研究だが、「科学計量学」という分野があるんだ。国際化が研究の画一化を促しているという。こりゃ、さもありなんと思う。背景には評価システムの問題と、研究者、評価者のエリート化があるのではないか。科学界がエリートでないと形見が狭い世界になった。やはり、好奇心駆動型の研究を推進せにゃならんが、低成長時代では研究者が課題の重要性を国民に説明する必要性は強まっている。評価者は目利きとしての力がなきゃあかん。総合力が必要じゃ。国民の側も科学の営みを諒解する必要がある。ここらがかみ合っていないのが現状ではないか。低成長あるいは縮退時代の科学を考えにゃあかんが、それが成熟時代の科学を生み出す。(2024年7月2日)

環境と経済の議論の前提

秋までに気候変動に関する作文をしなければならず、いろいろ文献を読んでいるところ。たまたまネットで論文を勝手に送ってくるサイトから環境研の青柳さんの中国に関する論文が届いたので、ついつい印刷して読んだ。持続可能性の議論に関するレビューにおいて、1987年のブルントラント委員会では「環境保全と経済成長のトレードオフ」概念の再考を促した、という記述に出会った。その後の地球環境に関する取り組みでは環境と経済は両立できるのだという考え方が主流になっているように思う。カーボン・ニュートラルを巡る取り組みでは、環境と経済のトレードオフはあるのだと主張する現実派あるいは経済セクターの主張はもっともであり、両立可能だという未来派の主張は具体性を欠いているように思えることもある。それは、現実派のめざす社会と、未来派のめざす社会が異なっているからだ。現実派は経済成長の持続が大前提であるが、未来派はどうか。めざすべき社会のあり方に関する議論もないわけではないが、活発ではないように感じる。カーボン・ニュートラルを達成し、その先にある大目標に到達するためには、どんな社会の構造、そして人間の精神的習慣があればよいのか、さらに、しあわせや豊かさとはなにか、という議論がなければあかんやろ。作文の論点がひとつ見えてきたように思う。(2024年6月18日)

“わかりました”と“再確認できました”ということ

能登半島地震発生から半年が過ぎているが、まだまだ関連するニュースが聞こえてくる。液状化に関するニュースもそのひとつ(NHKニュース「再液状化」より)。能登半島地震では新潟平野で液状化の被害が発生したが、その場所は60年前の新潟地震における被害の場所と重なっているということが“わかりました”とアナウンサーが伝える。それは実際には“新しくわかった”ということではなく、“わかっていたことが改めて確認された”ということである。液状化を起こしやすい場所、地形、地質はわかっており、新潟大のある研究者は“起こるべくして起こった”という。その通りであり、行政は液状化危険度マップも作成し、研究者は周知に努めている。それでも人はリスクのある土地に住む。土地で暮らす人はまずハザードを知らなければならない。それを諒解して、備えてふるさとに住むという覚悟があったかどうかが大切である。人が覚悟を決めて、土地で暮らすということは最大限に尊重すべきであり、それを行政は可能な限り支援する役目があるだろう。真備町の水害の後、新たに住宅を購入した人が、災害のリスクと一戸建てを購入するという夢の実現というベネフィットを意識して住むのだという。そういう人の決断に対する行政のサポートはどうあるべきか、という点を総合的、包括的、そして長い時間軸で考えなければならない。突き放すのではなく、寄り添いながら、それでも限界を意識しながら。そんなことを考えなければならない時代になった。(2024年6月16日)

凡庸と権力

公開中の映画「関心領域」に関する記事を読んだ(朝日朝刊)。アウシュビッツ所長であったルドルフ・ヘスの家族の姿を描いた映画で、隣の収容所から聞こえる悲鳴、銃声、轟音が想像させるものと家族の暮らしの非対称性から人間について考えさせる内容のようだ。記事の中でアドルフ・アイヒマンについて触れている。アイヒマンはユダヤ人の移送を指揮した親衛隊の幹部で、戦後逃亡先で捕まりイスラエルで裁判にかけられている。それを傍聴した哲学者のハンナ・アーレントが唱えたのが「悪の凡庸さ」だ。この概念はナチを免罪するような意味合いになってしまうという意味で一人歩きしていることが問題とされているようだが、ハンナの「凡庸さ」は「ありふれた」という意味ではなく、「陳腐」だという。ハンナはアイヒマンが単なる「歯車」だったとしても免罪することはできないとはっきり語っているそうだ。私は「凡庸」でも十分意味は伝わると思う。「凡庸」と「権力」が結びついたときに人の中に、支配、差別という感情が生じるのだと思う。権力との関係が重要だ。支配が強まっているということは権力者が凡庸であるということに過ぎない。そう考えると昨今の日本の社会で何が起きているのか、なんとなくわかってくる。権力者というのは理念を持ち、それをオープンにして、対話ができる人物でなければならない。日本の政治や行政の現場で感じることは、支配が強まっているな、ということ。はて、その意味するところは。(2024年6月6日)

和解への道とその陰

半年ぶりの安東量子さんの福島季評(朝日朝刊)。前回の季評がきっかけになり、成田闘争の当事者のお話を伺うことができ、成田闘争における対立が雪解けに向かった過程がある程度わかった。双方が対話のテーブルにつくことが始まりだったのであるが、なぜ対話ができたのか、理由があった。国側は空港の拡張工事を完成させなければならなかった。そのため、国は謝罪をし、今後は強制的手段をとらないと確約したことが和解をもたらした理由であるという。背後には国の問答無用の実力行使がもたらした結果に対する後ろめたさが政治家、政府、空港公団にあった。当時はまだ“ひと”と“こころ”がみえたのだといえる。国側にも顔と名前、そして暮らしをみる力があった。成田の歴史的過程から、己の至らなさを自覚したときに和解への道筋が得られるのかもしれないと量子さんはいう。原発事故に対しては日本社会は己の至らなさを思い知ったが、昨今の日本はそれを忘れてしまったという。最初は思ったのか、最初からそうは思わなかったのかはわからないが、福島では国、東電と地域の対話は行われていない。なぜ、成田では可能だったのか。それは、合意形成の3基準-共感基準・原則基準(理念)・有用基準(合理性)-が時代の変化とともに地域で共有されるようになったからではないか。一方、福島では共感基準は十分に達成されていないし、原則基準、すなわち原子力に対する考え方、日本社会の将来に対する考え方は国と地域は共有していない。有用基準(合理性)を国がいくら説明しても、それだけでは合意はできないのである。まだ道のりは遠いなと改めて思う。ここで気になることがある。成田ではうまく行っているように見えるが、苦しみが表に出にくくなっているのではないか。成田空港の拡張工事(C滑走路)に対する住民意見ではふるさとに対する思いを切々と語る方が確かにいた。原発事故が被災者に与えた苦しみは、想像もつかないほど大きく、深く、深刻だ。今後、和解に進むことがあるとしても、すべての人々の苦しみが癒やされるわけではない。残された苦しみにどう報いるのか。この点を忘れたくない。(2024年6月6日)

フランスと日本

自分が参加しているNPOはフランスとの交流を行っている。フランスは原発を発電の主力に位置づけているが、原発ごとに地域情報委員会(CLI)を設置し、地域のステークホルダー(①地方議員、立地自治体首長、②環境保護団体等の市民団体、③労働組合、④有識者から構成)が原発を監視している。原発ごとに設置されたCLIの連合体であるANNCCLIも設置されている。先日、福一事故後の日本と取り組みの視察のため来日したが、様々な職種の方が含まれていた。さて、今日の会議の後、NPOのメンバーであり、事故時のある自治体の首長だった方がフランスに招待され講演をしてきた話を聞いた。その時、気付いたそうだ。日本の状況を何のために、誰に発信するか。それはフランスではきちんと原発を運営していることのフランス国民へのアピールなんだと。それはそれでいいけどね、と苦笑いしていた。フランスでも原発をめぐる考え方の相違はあるのだが、国民も参加し、原発について議論する場があることは重要だ。日本にはないのだ。原発を国、電力会社と地域の間の対立構造の間に置いてはあかんなと改めて思う。日本のあり方を決定づける重要な課題なのだ。徹底的な対話が必要なのだ。その意識を持てないことは日本人(特に政治家)の問題でもある。高度経済成長期と違い、もう豊かさは向こうから勝手にやってくる時代ではないのだから。人の意識世界を拡大させなければあかんなぁと思う。(2024年6月2日)

山木屋の現状

もう5年も行っていなかった。久しぶりの山木屋。見るもの全てがなつかしい。2017年に帰還を達成してから、はや7年経つ。富岡街道も走りやすくなった。大通り沿いには新しい家も目立つ。花で自宅前を飾っている場所も散見する。当初は雑草、雑木で覆われ、その後、フレコン置き場となった水田も作付けが始まっている。中心施設の“とんやの郷”ではマルシェが開催され、福島市から来たウクレレのグループが演奏を披露していた。活気を取り戻しているようにも見えるが、戻った方々は約3割で帰還当初と変わっていない。所々に設置されているモニタリングポストの数値は大体0.1~0.3μSv/hの範囲だった。十分高い。ちなみに、常磐高速のモニタリングポストにおける最大値は1.7μSv/h。あってはならない数値だ。人々はそれぞれの人生を歩み始めている。状況に対する諦めと諒解の間で揺れる心も感じさせるが、ふるさとに対する熱い思いは強く感じる。ふるさとが滅びることはないのだ。(2024年6月2日)

文化地質学

ネットで調べものをしていて、こんな分野があることに気付く。研究会もできており、雑誌も発行している。ホームページで閲覧すると、この分野が地質学会から出てきたことがわかる。なるほどね。応用地質学会は社会系との結びつきを強めていたように思うが、地質学会は人文系なのだ。学界の特徴がよくわかる。雑誌も公開しているので、つい読みふけってしまう。人文社会系と理工系の融合は草の根で進行しているのだ。なんとなく安心する。(2024年6月1日)

補完性原理

公共哲学という分野について知りたくなり、調べ物をしていると、「補完性原理」という言葉に出会った。検索すると「キリスト教社会倫理に由来する考え方で、政策決定は、それにより影響を受ける市民、コミュニティーにより近いレベルで行われるべきだという原則」とのこと(愛知県の文書より)。より簡単にいうと「問題はより身近なところで解決されなければならない」という考え方である。そして、「ヨーロッパ地方自治憲章」や「世界地方自治憲章草案」にも盛り込まれており、グローバルスタンダードになろうとしていること。日本の地方自治のあり方に関する答申でも、この考え方に基づき、「基礎自治体優先の原則」の実現の必要性を謳っているという。これは災害における自助、共助、公助とも通じており、まずは自分と家族を自分で守り、そしてコミュニティ-の力により守られ、それでもだめなら公助に期待するということだ。しかし、昨今の地方と中央の関係をみていると、中央政府はこの精神を理解しているのか、甚だ疑問である。国は仕事だけではなく、財源も地方に移転しなければならないが、そうなっているか。とはいえ、文句をいってもはじまらない。まずは現場が賢くなる必要がある。そのために尽力できればと思う。また、「偉そうに」という声が聞こえてくるが。(2024年5月27日)

実践とは何か

今日は環境カウンセラー千葉県境議会に招待されて、講演をしてきました。環境に関わる専門家集団なので、ちょいと抽象的な話しをしました。伝わったかどうか、不安です。いつものことながら「偉そうに」という天の声が聞こえてきます。「おまえは実践をめざしているのだろう。高みから発信するだけか」と。いつものことながら講演の後は気分が落ち込む。でも、実践とは何だろうか。いろいろなイベントには参加しているが、それは実践だろうか。ひとつに絞った方がいいのか。でも、つまみぐい人生は死ぬまで変わらんな。実践で重要なことは、様々な実践がつながることだ。つまみぐいしながら”つなげる”ということができれば、それが自分の役割なのかも知れない。(2024年5月25日)

ピンチとチャンス

週2回の非常勤の仕事が終わるとぐったりしてしまう。水曜は軽く1万歩を超え、木曜は通勤時間6時間じゃ。最近、膝、股関節、腰、肘が痛み、足のしびれと太ももの疲れが著しい。帰りの最寄り駅から自宅近くまでバスに乗れるように時間を調整しているが、なんと明後日から大幅減便。もうバスの選択肢はない。ピンチだ。運転士の人手不足の話しは耳にしていたが、我が身に降りかかるとは。少子化と人手不足の関係はまだ完全には理解していないが、仕事に対する考え方が昔とは違ってきたのだろうと思う。日本は仕事に貴賤をつけたがる社会だ。どんな仕事でも誇りをもって実行でき、適切な収入を得るようにはなっていない。低賃金の厳しい仕事は敬遠される。それがサービスに跳ね返っているわけであるが、そんな状況の中で、だんだん日本に対する自信が失われていく。いや、それではあかん。日本人の精神的習慣を変えねばならんが、自信の喪失は政治が信頼できなくなって来たことが一つの要因だろう。でも、政治の状態は日本人の精神的習慣の反映でもある。日本人が賢くなくなっているわけだが、それは日本が達成した豊かさの代償でもある。低成長時代を迎えたことは、日本人の精神的習慣を変えるチャンスかもしれないのう。(2024年5月23日)

専門家の役割

今日はある委員会があったのだが、ちょっと後味が悪かった。委員はそれぞれの分野を担当する専門家として参加しており、科学者でもある。事業者の説明が科学の手法に則っていないことに対して、指導的発言をしてもよいものだろうか。疑問点については質問すればよいのだ。事業者、実はコンサルだが、専門性は当然備えているはずだ。科学的な方法に基づいた説明ができないのは、事業者に忖度しているからかもしれないし、それはこの委員会で扱う制度に問題があることを意味している。不満はコンサルにぶつけても何もかわらない。では、どうしたらよいか。委員が制度の弱点を補うような発言、質問を行い、同時に制度の問題点には別の場で意見を発信することだろう。科学者はそのような場を持っているはずだ。(2024年5月17日)

老年期のさみしさ

朝日朝刊一面の見出しは「65歳以上『孤独死』年6.8万人」。少子高齢化のなか、一人暮らしの老人の行く末は「孤独死・孤立死」しかないのかなぁ。老人に優しい社会こそ、全世代にとって暮らしやすい社会だと思うのだが。なんとなくさみしくなるが、こういうときは仏教に惹かれる。それは仏教が老年の哲学だから。お釈迦様をはじめ、仏教者には長生きが多い。山折哲雄が書いていた。30歳で死んだキリストの宗教は若年の宗教。イスラム教は壮年の宗教、そして仏教は老年の宗教だ。仏教に関する本を読んでいるとこころが休まる。“ひとり”ということを考えるようになるのだが、“ひとり”の暮らしも現代社会の中ではなかなか難しい。自分の老年期の生き様として“ひととともに暮らす”ということを宣言しているが、“ひとり”にも惹かれるのである。それは孤独とは違うのではないか。解脱はまだまだ遠い。(2024年5月14日)

対話のきっかけ

今日は福島ダイアログの月例会があったのだが、雑談の中でマイク切断事件に話が及び、これからは環境省も住民の話を聞くようになるかもね、という話になった。環境とはひと、自然、社会の関係する範囲と考え、主張を続けているが、そうだとすると環境を所掌する環境省はひとや社会との対話を最も重視しなければならないはずだ。そうなっていないのは政治家の意識が20世紀初頭のままで、変わっていないからかもしれない。マックス・ヴェーバーの責任倫理に囚われ、心情倫理を脇に押しのけているからではないか。責任倫理は第一次世界大戦後、ドイツという国が滅びる瀬戸際で考え出されたもの。平和な世の中では心情倫理をもっと重視しても良いのではないか。しかし、世の中はきな臭くなってきた。はて、環境大臣は時代遅れなのか、それとも時代の雰囲気を感じとっているのか。どちらでもなく、何も考えていないということも考えられるが、今回の出来事が対話のきっかけになればよい。(2024年5月12日)

基礎科学の重要性

電車の中で大栗博司著「探求する精神ー職業としての基礎科学」を読み終えた。政府による学術会議会員任命拒否事件のあと、基礎科学の重要性に関する論評がたくさん出たが、説得力のある主張がないように感じていた。学ぶことがたくさんあった本であったが、まずは科学には目的合理性と価値合理性をめざすものがあること。前者が工学系、後者が理学系であり、後者が基礎科学に相当するだろう。この二つの関係が悪くなっているのが現状だ。基礎科学の裾野を広げておかないと、大きな発見は期待できない。同時に基礎科学の価値を高める科学者の活動も必要だとのこと。これは非常にわかりやすい説明だ。私は基礎科学と課題解決型科学の関係を回復する必要性を主張しているが、同じ考え方だろう。現代科学のパトロンは国、すなわち納税者である国民であるので、価値を伝える努力をすべきという点も同じと思われる。論文を書けば自分ではない誰かが社会に役立てる訳ではないのだ。大栗さんは基礎研究に社会的・経済的価値を見いだすイノベーターおよび研究や支援をイノベーションを支援するプロデューサーが必要だと述べているが、これが日本の弱点だと思う。科学行政の上層がエリート化して、外形的なものに流され、深い洞察ができなくなっているような気がする。杞憂であればよいが。私は以上の二つの科学に加えて、モードが異なる問題解決型科学の重要性を主張しているが、基礎科学、課題解決型科学、問題解決型科学と社会や環境との関係性を強化することが低成長時代に入った日本で実現すべきことだと考えている。(2024年5月9日)

マイク切断の背景

水俣病の被害者を交えた懇談会の席におけるマイク切断の件は背後にある日本人と日本社会に巣くう大きな問題を感じさせる。それはエンパシーの欠如、そして政治による支配が強まる社会への不安。他人の立場で考える能力の欠如は、人の意識世界が狭くなっていることを意味する。その結果、水俣病の日本社会における位置づけを忘れ、教訓を活かすことができなくなってしまった。日本の運営が視野狭窄の中で進んでいることを意味する。様々な場面で政治の支配が強まる現状とあわせて戦前の日本を彷彿とさせる。でも草の根はちゃんと水俣病を見ている。忘れない。辿ってきた歴史を認識した上で現在を位置づけ、未来を展望しなければ日本は危うい。(2024年5月9日)

近況報告

しばらく書かなかったので近況報告。昨日でゴールデンウィークも終わり。どこへも行かずに家で過ごしたが、規則正しい生活は時間の速度が速くなる。年寄りになったせいか早朝に目覚める。起床してまずコーヒーを一杯。生豆から焙煎したもので、これがないと一日が始まらない。朝食はご飯に味噌汁、納豆、ご飯の友。これがうまい。午前中はデスクワーク。昼食と食後のコーヒーが済んだら、読書に続いてしばしのシェスタ。犬の散歩の後は畑にでる。頭を空にして農作業にいそしんだ後は家に入りビール。夜になったら晩酌。夕食の後、しばしの団らんの後は夜の犬散歩。帰宅して入浴。その後、読書をしながら眠くなったら就寝。これが基本パターンだが、依頼された仕事の準備も少しずつ進んでいる。それが達成できたらこのまま入滅してもかまわんかな。自分の想いは自分で達成しなくてもいいのだ。見守ることが楽しみな齢になった。(2024年5月7日)

大学院の領域横断的な人材養成、どうする

国大協が「国立大学大学院の領域横断的な人材養成実態に関する調査研究」と名付けた講演会を開催するそうだ。前提として大学院が領域横断的であるべき、という考え方があって、そうなっていないという実態があるのだろう。今後は大学院においても問題解決型研究(課題解決型よりも)が重要になると考えているが、そのためには領域横断的は必須である。では、そうなるためにはどうすればよいか、ということが議論されるのだと思うが、まず大学院の役割に関する基本的な考え方(哲学や思想といってもよい)が共有されなければならないだろう。さらに、その考え方を社会に実装するということを前提としなければならない。そのためには、社会全体を俯瞰する視座、視点、視野をもたなければならない。そうすれば、分野横断的な人材養成もできる。明白なことだと思うが、多くの大学人は課題解決型研究で世の中を一気に変えることができると考えているのかもしれない。それは古いヨーロッパ思想でもある。時代をちゃんと読めば、大学院がなにをすべきかは明白なのになぁ。教員がわかっていなければ、人材養成はできんよ。社会実装を伴わない、課題達成型研究を乗り越えることができないのかなぁ。(2024年4月16日)

100年後の日本社会

朝日朝刊のインタビュー記事で100年後の日本社会の姿を描いた経済学者の森知也氏の記事があった。副題に「江戸期程度に減少/多くの都市が消滅/東京都と福岡に集中」とある。書いてあることはさもありなんと思うのだが、都市的世界の志向性を感じてしまう。森氏は日本全国津津浦浦巡り、地域の暮らしを観察した上で述べているのだろうか。経済学者による解析的手法による研究成果は政策に影響を与えやすいと思うが、実態はちょっと違うのではないか、という気がする。未来予測には事象の人間的側面を十分考慮し、日本全体を俯瞰する視点が必要で、その上で想像できる社会を創造していく、という営みも重要なのではないか。現行の科学に不足しているのは人間的側面への配慮だ。田舎も、人も結構強いのだ。(2024年4月16日)

国立大の未来

朝日新聞が国立大学法人化20年に際して全国の86の国立大学の学長に尋ねたという(朝日朝刊一面)。ヘッドラインは「学長7割『悪い方向進んだ』」。確かに自分もそう思うが、制度自体と運用が悪いということに加えて、日本人全体として学術の価値を認め、それを深める力が失われていることも背景にあるように思う。構造改革の流れの中で文部科学行政におけるヒエラルキーは強化されたが、上位に学術を俯瞰することができる人材が現れなかった。上位が単なるエリートになったからだ。研究者も評価システムの中でエリート化し、エリート同士で運営する文部科学行政が蛸壺化してしまった。またか、と思うのがこのコメント。「研究や教育は、結果として何が花開くのか予想できない。それなのに国や社会は『選択と集中』を、ただ一つの解として押しつけている」と。これは基礎科学と課題解決型研究のどちらの担い手か、でやるべきことが変わってくる。前者ならば、自らの研究・教育の価値をアカデミアの外に向けて発信し、社会の支持を得る努力をしたか。後者ならばファンディングエージェンシー、すなわち国に熱意をもって働きかけをしたか。現代科学のパトロンは国であり、税金を負担する国民である。論文を書けば自分ではない誰かが、いつか社会の役に立てるわけではない。何時までも経済成長の慣性に乗っかっていてはあかんのだ。現状は厳しいが、ほとんどの大学人は“しょうがねぇなぁ”と、じっと耐えているのだろう。それが日本人の特性だ。物理学者の佐藤文隆氏は著書「職業としての科学」のなかでこう述べている。「制度科学を社会から隔離して育成するプランク路線の行き着く果ては、専門家と国民の知的な関心の乖離なのである」と。まさに今がその状況なのだ。逆境の中でも、理念を持って運営している国立大もあるようだ。さて、国立大の未来はどうなるか。見守りながら、オルタナティブ・サイエンスへの道を我は進むのだ。(2024年4月8日)

自然が子どもを強くする

この副題に惹かれて河合雅雄「森に還ろう」(小学館)を読んだ。実は河合隼雄と間違えて借りたのだが、お二人は兄弟だった。河合雅雄氏が猿の研究家だったことは知っていたが、その多才ぶりには驚いた。図らずも凄まじい人生を知ることができた。その精神力に感嘆するとともに、人間の身体というのは結構強いものだと改めて思う。おそらく心の強さが身体も強くしたのだろう。自然が子どもを強くするというのは雅雄氏自身の体験と、子どもたちを熱帯雨林に連れて行った結果から得たものだ。ではなぜ自然が子どもを強くするのか。それは自然の中に入ることによって日常の暮らしとは別の世界があることに気付くからではないか。それは子どもの意識世界を拡張し、自分を俯瞰することができるようになる。それが強さにつながる。さらに、子どもたちが何かを採取する、あるいは野菜や米を作るという体験も子どもを強くするのではないだろうか。自分の命を維持するものを自分で作るという体験は子どもに自信を与えるのではないだろうか。都会では命を維持するためのものは貨幣を通じて獲得する。しかし、貨幣の獲得は現代社会では常に危機をはらみ、不安の種になる。自分の命を維持するものを自分で作ることができるという体験は自信につながるはずだ。子どもたちに自然を体験させる活動をたくさん知っている。強い子どもも確実に育っている。それが未来の安心につながる。(2024年4月3日)

未来を創造するということ

桜はまだだというのに、今日は暑かった。腕と顔が真っ赤になった。佐倉城の門跡で開催された里山キッチンキャラバンに参加。ユーカリ木こり倶楽部部員として餅焼き、竹切り、火の番にはげんだ。 気の置けない人々との共同作業はこころが和む。それは地域における暮らしに対する思いを共有しているという感覚が安心感につながっているからだと思う。これから迎える未来について同じ方向をみんなで見つめているという感覚が心地よい。さらに、地域における営みを通じて人の輪が広がっていくということが痛快である。難しい未来のあり方なんて話はしないが、なんとなく同じものを心に描いている人々がいるという感覚が、実は未来を創っていくのだろう。(2024年3月31日)

組織風土「変えなかったのは怠慢」

朝日朝刊の見出しから。宝塚歌劇団のパワハラ事件の件で、親会社の阪急阪神HDはこう述べたそうだ。「こうした組織風土を時代に合わせて変えてこなかったというのは怠慢というそしりを受けても甘んじて受け止める」。高度成長後の少子高齢化、低成長の時代は価値観が多様化する時代でもある。自らの価値観がどのような時代背景を経て形成されたのか、その価値観が全世代、社会の中でどのように位置づけられるのか、見極めて、自分の価値観を修正していかなければあかん。その上で世代間の協調を図っていく必要がある。とはいえ、自分と異なる世代の考え方はなかなかわからない。それでも、アンテナを張り続けて理解する努力をしなきゃあかん時代なのだ。それが未来社会の創造へとつながる。まず、世の中全体を俯瞰する位置に自己を置き、意識世界を広げる努力をすることが大切じゃ。そうすると時代遅れの部分が見えてくる。大学運営もそうかもしれん。大学内部で意識の分断が生じているのではないか。先日の千葉大学学長選のゴタゴタもそうだ。文科省に寄り添うことより、日本の学術と高等教育をどうするか、理念を持つことが大切なのだが、どうやら理念も意識世界の大きさによって広がりが変わってくるようだ。大きな意識世界を持ちたい。(2024年3月29日)

戦争のリアリティー

死んだ父は戦時中の話をほとんどしなかった。 羽田でグラマンに機銃掃射された話、祖父の火葬では燃料が足りず生焼けの片足が投げ出されたという話、これだけだ。先日借りて読んだ吉村昭の対談集「時代の声、史料の声」の中に戦時中の東京の話があり、ひとつ年下の父と共通する記憶があるはずだと思い「東京の戦争」を借りたが、これも一気に読んでしまった。吉村昭や父の世代は学徒出陣と疎開の狭間で、戦時中の東京を経験した世代だ。そこに書かれていたことは想像通りの戦時下の東京のリアリティーであった。辛い経験をした方々が往時の状況を書き留めてくれているから、経験はなくともリアリティーを想像することができる。以前読んだ「虜人日記」(小松真一)、「日本はなぜ敗れるのか-敗因21ヵ条」(山本七平)あるいは「総員玉砕せよ!」(水木しげる)からも戦場のリアリティーを知ることができる。ウクライナやガザからの報道も連日ある。だから、どうするのか。ここを考えなければあかん。だから、武装するというのはあまりにも直截、浅薄な考え方だ。そこには思想がなくてはならない。敗因21ヵ条の中にもあるではないか。「十六、思想的に徹底したものがなかったこと」。それは文化とも関係する。「十八、日本文化の確立なき為」、「二〇、日本文化に普遍性なき為」。これは明治維新で日本古来の文化、伝統を壊してしまったためで、大乗仏教が根付いた日本には思想には徹底したものはあったのだ。戦争を回避するためにはリアリティーを知り、思想を確立させることだ。(2024年3月25日)

熱きシニアたち

図書館で城山三郎「人生余熱あり」をみつけ、一気に読了。世の中には熱きシニアたちがたくさんいる。古の聖たちもそうじゃが、いつの時代にも熱き老人がいる。特に千葉県出身、天保元年生まれの関寛斎。70歳を過ぎて北海道開拓に携わり、最後は自殺して果てる。医師としてめざましい働きをして、老後は安穏として過ごすこともできたはず。北海道行きの前には掘立小屋で蓆生活をして、身体を極貧の生活に慣らす。日本人には利他の精神が身についているのだろう。現代でも地上の星はたくさんいるはずじゃ。なんとなく感じることができる。では、自分は...。安穏とした暮らしに慣れてしまうと、一歩を踏み出すことはなかなかできん。豊かさを捨てることはできんのじゃ。それが自分のこころを蝕む。豊かさが悪いのじゃ。共貧のシステム(栗原康)で運営される社会があれば、人は聖になれる。悩んで、悩んで涅槃にいたることになるのだろう。(2024年3月24日)

教育の危機、日本の危機

これはもう取り返しがつかないほどの危機的状況にあるのではないか。朝日朝刊「社会季評」で東畑開人氏が「非正規雇用に満ちた学校現場 消えゆく 未来育む大人の近未来」と題して学校の先生方の近未来について憂いている。そして、それは子どもたちの未来にも不利益をもたらすだろう。子に教え、育むのは大人の役割だ。子どもを育てる大人の心は安定していなければあかんのだ。このことが私の中で現実感を帯びたのは、ある小学校教諭OBから若手の教諭の力が落ちているという話を聞いたときだ。それには様々な事情があるのだが、そんな現場の状況はなかなか上層には伝わりにくい。トップダウンが強く、上層がエリート志向に傾きがちな世の中ではなおさらである。教育を建て直さなければあかん。でも、そんなん難しすぎる、しょうがないやんけ、という思いもよぎる。とはいえ、ほっといたら日本が危うい。幸い環境学習については世の中との若干のつながりもある。子どもの未来を育む活動もいくつか知っている。まずは草の根の活動に力を注ぎたいものだ。(2024年3月20日)

語ることと行動すること

朝日朝刊、編集委員の原さんによる「小説『人口戦略法案』」を取り上げた多事奏論から。フランスの人口学者であるエマニュエル・トッド氏がこんな話をしたそうだ。「日本では人口動態は語るためのテーマであって行動するためのテーマではないのだ」。日本の人口減を心配したトッドさんの気付きは鋭い。ここで人口動態を環境問題や災害と置き換えることも可能ではないか。もちろん全ての日本人がそうであるわけではないが、日本にはやるべきことをやるべきときにやらないという性癖がありそうだ。今日はあるNPOの6年間のプロジェクトのまとめの公開フォーラムに参加してきた。そのテーマは「SDGs・ESDをより広げ、持続可能な社会づくりに向けて実行しましょう」というもの。予算をとって実施した事業なので、評価も気になるところだ。そこで、自分が評価者だったらS評価にしますと発言した。それは、世界はひとや地域が集まって押し合いへし合いしているもの、だからひとや地域が良くなれば世界が良くなるという世界観、社会観に基づいている。ひとが結びついて、経験を共有できたことの価値は巨大で、社会を変える力を持つ。一方、世間の評価では進歩、発展を基調として、イノベーションで問題を解決する、という方向性が高評価を得がちだ。それも地球はひとつ、普遍的な真理がわかり、合理的に行動すれば問題は解決できるという世界観、社会観に基づいたもの。ESDの目的は様々な世界観、社会観を意識することができるというところにあると思う。拠って立つところの思想を打ち出し、成果を誇ってくださいという発言だった。SDGsの目的は持続可能な社会の実現であるが、それは草の根の連携、協働、連帯から生まれるのではないか。その信念が世界を変える。(2024年3月9日)

老いるということ

今朝の朝日朝刊「折々のことば」は旨にしみる。「過去の古傷とともに生きる生き方を身につけるのが、老いるということだ」。古傷から受けるダメージから自らを立て直すことに日々苦労している。でも、なかなか立ち直れない。解脱すれば、と思うが、過去の聖たちの生き方をみると、まず全てを捨て去る必要があるようだ。その上で、ひと、自然、社会と新たな関係性を結び直したのが聖ではないか。それもなかなか難しい。弱者として生きることも老いの人生かもしれない。(2024年3月8日)

復興の本質

今日の朝日朝刊17面オピニオン欄のキーワードは復興。明治大学の飯田泰之さんのこの記述はメモしておきたい。「私も含め、多様な集落のそれぞれの現状すべてについて、肌感覚で理解できる人はいません。この状況を自覚した上で、思考を進める必要があります」。現場に身を沈めて状況を感じることによってわかってくるものがあるのだ。大阪大学の渥美公秀さんも言う。「発展志向の都会の論理で物事を勝手に決めないということに尽きます」。「地域の消滅や限界を強調される方は、現場を本当に歩かれたのでしょうか」。まずは現場、現場、現場なのだ。同じ面の福島季評で安東量子さんはこう言う。「『被災者』になるというのは、難儀だ」と。「ここに住むのに理由はない」のだ。外からの視座による“応援”にさらされ、模範解答を繰り返す。「そもそも復興って?」が量子さんの問いかけ。都市的世界と農的世界の意識世界の乖離を感じる。二つの世界を包摂させることは難しい。それは、それぞれに安寧な暮らしがあるから。その暮らしの外側は見えにくい。どうすれば良いか。量子さんは言う。「これか長く続く復興のプロセスが、この時代に即し、かつ、土地に根ざしたものになることを心からお祈りいたします」と。土地と人の関係を認識することが大切だ。都市的世界では人と自然が分断されてしまった。この分断を修復することが復興の始まりだ。また、量子さんが言う「時代に即し」という点が重要だろう。時代は変わるのだ。そのことを認識しなければあかん。(2024年3月7日)

世界観の多義性

未来を創造するためにはしっかりとした世界観を持つことが大切だと思っている。地球スケールで、この世の中の有り様を理解すること、すなわち世界全体を俯瞰する視点と視野、視座を持つことが大切だという意味なのであるが、注意する必要がありそうだ。朝日朝刊のオピニオン欄「ロシアの戦争観」の中で現代史家の大木毅さんはこう述べている。ちょっと長いが引用しておく。「『世界観』は、ドイツ語で言う『ヴェルトアンシャウウング』で、第1次世界大戦ごろからドイツで一般的に使われるようになりました。『世界をどう認識するか、その認識に立てば世界はどうあるべきか』を構想する、イデオロギーよりも強い言葉です。ナチスドイツはこの言葉が好きで、その世界認識の根幹は『人種』です。ヒトラーはその独ソ戦について、劣等人種スラブ人と、彼らが奉じる共産主義を撲滅するための戦いである、と演説で述べました」。「一方、侵攻されたソ連は、ファシスト侵略者を根絶やしにしろと国民の愛国心に訴え、それを共産主義に結びつけました。その世界観の基準は『階級』で、戦争が進むにつれ、ドイツ軍の残虐行為への報告が無制限にエスカレートした。敵対する世界観の激突です」。これを「世界観戦争」というのだそうだが、 この場合の世界観は地球全体を俯瞰したものではなく、ある特定の立場をよりどころとする狭い世界観と言って良いのではないか。アジア、中でも仏教では「三千大千世界」というように、あらゆる場所にあらゆるスケールの様々な宇宙(世界と言っても良いと思う)が存在すると考える。悟りとは様々な宇宙を俯瞰することができるということでもある。だから、仏教思想を意識の深部に持つ人は、様々な世界観の存在を受容することができる。対立する世界観とは一神教における異教徒への敵対と根は同じだと思う。様々な世界観を俯瞰し、違いを認めることができる態度こそ日本が世界に対して発信できる平和への道なのではないか。日本は唯一大乗仏教が根付いた国なのだ。ただし、世界に向けて発信する際には世界観についても多義性を理解して、きちんと説明する必要があるということだ。(2024年3月6日)

抗うことと受け入れること

良寛さま(“さま”をつけたいので)の和歌や俳句はほっこりするので大好きなのだが、深読みすると仏の教えが隠されているという。良寛さまはいつも道元の正法眼蔵を傍らに置いていた。良寛さまの和歌、俳句には真理が隠されており、その源は正法眼蔵にあった。良寛さまの和歌、俳句はほっこりだけではなく、深い意味があったのだ。「立松和平が読む 良寛さんの和歌・俳句」(二玄社)から。立松和平の遺作のひとつである。 今、能登半島地震発生から2ヶ月を経たが、まだまだ先行きを見通せない方々がたくさんいる。東日本大震災始め、頻発する災害に打ちのめされて暮らしを立て直すことができない人々がたくさんいるに違いない。なんとかならんものかと思うが、何もできずおろおろするだけのでくの坊である。良寛さまの晩年、三条地震の後に読んだ和歌がある。「うちつけに死なば死なずて長(ながら)へてかかるうき目を見るがわびしさ」。亡くなる2年前である。三条地震からひと月ほどして支援者の山田杜皐(とこう)にあてた手紙には次の文章がある。
しかし災難に遭う時節には災難に遭うが良く候。死ぬ時節には死ぬが良く候。これはこれ、災難を逃るる妙法にて候。かしこ
このとき良寛さまは自分の死期を感じていたと立松和平はこの文章から感じたそうだ。生きとし生けるものは必ず死ぬ。無常ということだが、立松はあるお坊さんの言葉を本書の中に書き残している。「無常とは闘うものではありません。受け入れるものです」。 この言葉にははっとさせられる。災害は教育課題として大学で講じてきたが、底流には災害と闘う、抗うという感覚があったのではないか。一方、災いを受け入れるという態度もずっとこころの奥底にはあったが押さえてきた。被災した方々を無常といって突き放すような気がしたからであるが、この頃はそれでも良いのではないかと思っている。江戸時代には人は自然(じねん)として自然(しぜん)とともに暮らす共同体があった。共同体こそふるさとであり、そこで災害を受け入れるとともに、災害に備え、安心して暮らすための仕組みであった。明治以降、人と自然(nature)は切り離され、共同体も弱体化してしまった。それが人を弱くしたのだと思う。災害が頻発する今こそ、より広い意味の共同体を創り上げる時なのではないか。そうすれば災害を受け流すことができる。地域のひとは存外強いものなのだ。今は情報社会となり、災害のニュースは世間を駆け回る。その時、災害の外側にいる者はまず被災者、被災地を思うこと、できる範囲で援助の手を差し伸べることが大切な時代となった。多くの人々がそのことを実感しているように思う。共同体も階層構造をもつということだ。(2024年3月5日)

岸辺のアルバム

1974年の多摩川水害は脚本家の故山田太一のドラマ「岸辺のアルバム」のモチーフになった災害である。現役時代は災害に関する講義で多摩川水害を取り上げ、災害をわがこと化するために、写真を見ながら“家が流されて家族のアルバムが失われたんだよ”と説明していたが、大間違いだった。家が流されそうになった時にお母さんが「アルバムだけは!」と思ったという話だそうだ。故山田太一の対談集「光と影を映す」(PHP研究所)から。東日本大震災後に瓦礫の中からアルバムを取り戻す話が印象に残っていたからなのだが、震災前は故高橋裕先生の回想による科学技術と社会の関係に関する題材として用いていた(「多摩川水害訴訟の教訓」、東急環境財団)。災害の原因が河川管理者にあるとされた歴史的な訴訟であるが、技術者の世界にもドラマがあった。河川管理者と家族、ふたつのドラマが多摩川水害から生まれた。ドラマは事実ではないかもしれないが、真実を想像して表現したものだ。人の人生、人の心はわからない。因縁もわからない。だから想像するしかない。でも感性があれば、真実に迫ることはできるのだろう。自分はドラマはほとんど見ないが、それは現役時代に心の余裕がなかったから。ドラマはもっとみなきゃあかんなぁ、と思う。定年を迎え、ゆとりができるかと思ったら、まだまだいろいろなことに追われている。はやく捨て去って、楽にならなければあかん。(2024年2月26日)

悲しみは後から

星になったくろみさんをほめてしまったが、落ち着いて思い返すと悪さもしていたなぁ。あるとき台所へ忍び込んでゴミやら何やら食い散らかして、すごいことになっっていた。以後、くろみさんのスカベンジャーの行いをカラス活動と呼ぶようになった。カラスに荒らされたゴミ集積場のような状況だったから。女子の鞄を漁ってチョコレートを食べてしまったこともあった。窓際へのルート開拓で、カーテンに穴を空けたこともあった。ワルだったけれど、まあ、評価とはそんなもの。でもワルがまたかわいかった。悲しみは後からやってくる。(2024年2月25日)

妙好犬

どうも最近調子が悪い。なかなか解脱できないのだが、うちのくろみさんはとっくの昔に解脱していた。そんな彼女は昨晩涅槃に入った。やるべきことをわきまえ、文句は言わず、粛々と生きてきた。客人が来ると真っ先に飛んでいって、前線で警戒任務にあたった。縁側警備隊員として庭先の警戒も怠りなかった。病気をして身体は弱ったが、精神は清浄かつ強靱だった。時々お叱りもいただいた。享年17歳。もう少しで18歳の大台に乗るところだったが、チワワの平均寿命はとうに超えている。長生きしてほしかったが、ようやく生の苦しみから解放されたのだ。ありがとう、といいたい。ふと浅原才一を思い出した。鈴木大拙一押しの「妙好人」が浅原才一。妙好人とは浄土系で聖者的人間を蓮の花(妙好華)になぞらえて読んだことば。天真爛漫、自然法爾に生きた浅原才一は妙好人だという。とすると、くろみさんは「妙好犬」といえるのではないか。犬の生き様から多くを学んだ。次は人間道に転生してほしい。(2024年2月22日)

権力の機能不全

千葉大学の学長選考における意向調査で2位の候補が選任されたことに対し、人文科学研究院教授会は、学長選考・監察会議(監察?)の議長宛に質問書を提出したとのこと(朝日朝刊)。1位の候補が人文科学研究院所属とのことで、政府の科学技術による課題解決、開発型研究重視の政策の中で、何となく事情は察することができる。人社系では文科省の理工系重視の指令に対応できないということか。背景には千葉大学の経営陣のエリート志向があるように思うが、それは政府の新自由主義的政策の中で強化された文科省、大学、部局、教員のヒエラルキーの中で形成されてきたものだ。文科省が大学に対する支配を強める中で形成されてきた精神的習慣なので、エリートといっても文科省村の中におけるエリートに過ぎない。その精神的習慣は社会全体を俯瞰し、歴史を振り返るなかで形成されてきたものではないので、だんだん蛸壺化してくる。千葉大学の学長選考・監察会議は大学を取り巻く、より広いコンテクストを背景にして、なぜ意向調査の順位を変えなければならないのかを、大学経営の基本的な考え方に基づき、説明してもよかったと思うよ。とはいえ、そうすると文科省という権力にたてつくことになるという意識があったのかもしれない。経営陣の意志として基礎科学、課題解決型科学、問題解決型科学の中で、千葉大学は国と一体となり、課題解決型科学をめざす、と言い切ってもよかったのではないか(私は3者の融合に大学の任務があると思うが)。そうすれば、そこから対話を始めることができる。ひょっとしたら対話を通じて社会を味方につけることもできるかもしれない。でも、そうはしなかった。思想や哲学が不在になると、権力は権威を伴わなくなる。そして支配・被支配という機能不全に陥る。大学や学術のあり方、未来についてアカデミアと社会の間で対話を行うことができれば、大学のあり方も変えることができると思うのだがなぁ。(2024年2月3日)

高齢うつ

本棚にふと目をやると「還暦からの人生戦略」(佐藤優著)がアピールしているようだ。手に取り、目次をめくると「高齢うつ」という言葉が目に飛び込んでくる。その章を拾い読みし、厚労省の「高齢者うつについて」というページを知る。さっそく、そこにある簡易抑うつ症状尺度(QIDS-J)をチェックすると「中程度」となる。医者に行った方がよいレベルだ。確かにその通り。最近の自分はおかしい。この本を書った当時は「高齢うつ」に目が留まることはなかった。おかしくなってきたのは還暦以降だ。定年以降の計画はたくさんあり、それらは確実に実行しているのだが、なんだか充実せず、心から楽しめなくなっているのだ。定年前後というのは誰でもこうなるのだろうか。この本のカバーに書いてある「教養は孤独を跳ね返す武器になる」は大いに賛同し、いろいろな本を読んで、自分を見つめてきた。だから自分の状態の要因は頭ではわかっているのだが、心がついて行かない。人生も下り坂のフェーズに入っているので、こんな調子で死ぬまで生きていくのだろうな。(2024年2月1日)

偉そうなことを言うな

山折哲雄「いま、こころを育むとは 本当の豊かさを求めて」(小学館101新書)を読み始めたところで、この言葉に出会う。山折氏は"こころを育むとは"というテーマについて考えたり、話したりするときに 、この声が鳴り響くのだそうだ。それは、"みずから、どれだけやっているのか、実践しているのか"、という声だとのこと。私の場合は、つい格好良いことを言ってしまった後に、"偉そうに"という声が天から降りてくる。若い頃はそんな自分に満足する時もあった。でも、だんだん恥ずかしくなってきた。実践がなければ"科学の権威者"(science arbiter)だ。だから、定年後はできる限り実践を心がけたいと思った。"偉そうに"という声など気にせず実践することができるようになったら、きっと解脱だ。(2024年1月28日)

会車定離

8年間乗ったホンダ・シャトルとお別れ。シャトルはラゲッジスペースがクラス最大で、たくさん積めるところが気に入っていた。コンパクトで運転もしやすかった。燃費は20km/l程度。調子がいいと30kmを超えたこともあった。総走行距離は53633kmで、乗り継いだ車の中では最短。丁寧に乗って状態も良かったので下取り価格は満足。期末でお勉強もしてもらったので、思い切って乗り換えた。気に入っていた車なので別れは寂しい。でも、会車定離。自分の歳を考えると、同じクラスの車はこれが最後だろう。もうしばらくは遠乗りもしたいのだ。新しい車はヴェゼル。ちょっと贅沢したが、自分は老年世代としてはノービスだ。もうしばらくは運転を楽しみたい。しかし、装備の電子化が進みすぎており、デジタル化の波に乗り損ねた我が頭には少々しんどい。でも、少しずつデジタルデバイドの解消を試みよう。惚け封じにも役立つに違いない。(2024年1月28日)

フクシマとナリタ

福島ダイアログのみなさんと成田空港「空と大地の歴史館」を訪問した。きっかけは昨年12月7日の朝日新聞、安東量子さんの「福島季評」。成田闘争当時の反対派のリーダーと空港公団の担当者のお話を伺える貴重な機会を頂いた。成田空港問題シンポジウム、円卓会議を経て、共生・共栄会議が設置され、成田空港と地域の現在の関係はうまくいっているという。その背景がわかったが、同時にフクシマの問題の複雑さ、困難さを再確認することにもなった。艱難辛苦を乗り越えて良い状況に至ったナリタの教訓は活かされるのだろうか。目を転じれば沖縄でも深刻な事態が進行中である。対話、対話、対話。言うは易いが、こんなに実践が困難なこともない。たくさんの営みを知って、問題ごとに対話へ至る道を考えるしかない。(2024年1月27日)

ぞろ目の66

誕生日を迎えた。自分が66歳になるなんて思いもよらなかった。もう誰も誕生日に気づかずに、昼近くになって"そういえば"となる。最近は人生の調子が悪くなってきたようだ。今は人生の過渡期で、混乱期だ。なんとか春までには完全な軌道修正を完成させたい。その時はいろいろなものを捨てることになるだろう。最近欠けているものは"わくわく感"だ。いくつか始めたこともあるが、没頭できるものを残したい。次のぞろ目まで生きているかわからないが、あと6年は生きて、SDGsとFuture Earthの成り行きを見届けたいのだ。(2024年1月23日)

歴史の果て

今日は父の17回忌、祖母の37回忌の法要を行った。久しぶりに寺にいったら、四角い墓地の敷地の二面で建設工事。ビルが完成したら日照に問題がでそうだ。小さな墓地だが、古い墓には江戸時代の元号が刻まれたものもある。住職によると秋頃に開基400年の集いを開催するとのこと。歴史のある寺だが、すでに寺自体はビルの1階、墓も日当たりが悪くなりそうだ。400年の歴史の果てに、寺はビルの谷間でひっそりと佇むことになる。今は雌伏の時かもしれない。世界では唯一絶対神をもつ一神教は時代遅れになっているように思う。世界が仏教に注目する時が来る。なぜなら、仏教は苦しみから解放されるための哲学だから。仏教には何でも決めてしまう絶対神はいない。仏典は過去2500年にわたり、多くの人々が考え抜いた結果だ。あと数百年経ち、人口も減り、東京も縮退していく過程で古の寺が復活することもあるだろう。(2024年1月22日)

世を捨てる、世から捨てられる

「よく隠れた者こそよく生きた者」、これは聞いたことがある(古代ローマの詩人オウィディウス)。朝日朝刊の「折々のことば」の鷲田さんによる解説から。今日の引用のドイツ文学者である種村季弘氏は、テレビを家に置かず名刺を持たなければ、集いの席でも口を聞かずにすむし人と会ってもすぐに忘れてもらえるという。自分も名刺は必要なくなった。ただし、テレビは今ではパソコン、スマホと言い換えることもできると思うが、自分はとっておきたい。世の中の有様は知って起きたいから。それが自分流隠者の暮らしだと思うから。でも、それは世を捨てたつもりになって、世から捨てられることには諒解していないということかも知れない。そこを乗り越えれば真の隠者になれるかも。(2024年1月20日)

不安から逃れるには

世の中には不安が満ちているなぁ。戦争、災害、差別、格差、などなど、世界中どこにも不安に耐える人々がたくさんいる。日本の将来も不安としか言いようがない。どうも最近の自分は不安に弱くなった。それは漠然とした不安だ。そこで仏教を学んでみた。それは自分の意識世界を広げることには役に立った。仏教を学んで解脱したら安らかになれるのではないかと思ったら、人は生きているうちは解脱できないというのが親鸞の本音だという。では鴨長明はどうだ。晩年に解脱したのではないか。森の番人のこどもと出会うことによって穏やかな日々を過ごすことができたのではないか。良寛さんも遊行の後は庵に住んで、心安らかに過ごせたのではないか。長明さんには童のともだち、良寛さんにはコミュニティーの見守りがあった。やはり、"ひと"との交流が安らぎには必要なようだ。世の中の上層とは距離をおいても、地べたでは"ひと"と密な関係性を結ぶことができれば安らぎが得られ、不安から逃れることができるかもしれない。と頭では考えつつ、心は独りの世界へ逃げ込もうとしている。(2024年1月19日)

一番という思想の背景

朝日朝刊のオピニオン&フォーラム「耕論」のタイトルは「ナンバーワンじゃなくても」。それでも、そこにはキラリと光る魅力や心意気、無二の経験や個性がある、という趣旨。その通りだと思う。この記事は世の中に蔓延する"一番じゃないとだめ"という考え方を背景にしている。競争の参加者すべてが讃えあうことができる競争ならば一番の価値は大きいだろう。しかし、闘争における一番にはどんな意味があるのか。スーパーコンピューターにおける「二番じゃだめなんですか」はよく知られているが(もう若者は知らないかな)、一番と二番では国や社会、あるいは幸せに対する考え方が異なるのではないか。スパコンで一番をめざすことの背後には資本主義における勝者をめざすという考え方が見える。貨幣の増殖を目的に競争し、敗者は退場するのみ、という状況ではなんとしても一番をめざしたいと思うだろう。一方、心豊かな小国をめざそうという考え方のもとでは二番でもいいんじゃない、ということになるだろう(蓮舫さんがそう考えていたかは不明だが)。一番か二番か、あるいは三番以下でもよいか、は哲学や思想に基づく生き様の選択肢なのだ。だからこそ、世界や日本の有様をしっかり見つめ、未来のあり方に対する考え方を構築しておく必要がある。さて、寄稿した三名の文章を読むと、新しい時代の考え方が少しずつ育っているような気がする。政治家やエリートはこのことを意識しているだろうか。(2023年1月16日)

自然の中の暮らし

今日の熊谷は寒かった。でも、空は青いし、日だまりは暖かい。関東の冬は良い。電車が熊谷に近づくと山が見えてくる。荒川の向こうの関東山地がだんだん大きくなってくる。山のある風景は落ち着く。今年度は熊谷には29回通った。その間に冬小麦と稲作の二毛作を見ることができた。一年の季節の移ろいを感じることができたことは幸いであった。あの山の向こう、自然の中にある里で暮らしたい。そんな思いがますます強くなってくる。ひと、自然、農のある暮らしが夢だ。移住も一大決心をすれば不可能ではないのだが、優柔不断な自分は思い焦がれるだけなのだ。寿命もあと十数年あるかどうか。安穏と暮らしたいものよ。次は四月に青い麦を見ることになる。(2024年1月16日)

自殺の背景

赤穂義士の萱野三平の自殺について触れたが、自殺については常々感じていることがある。世の中には自殺があふれている。電車で外出すると頻繁に人身事故の影響によるダイヤの乱れの情報に出会う。それらはほとんどが自殺が原因だと思っているが、その背後には死ぬほどの苦しみがあったのだろうと想像する。死ぬことによって苦しみから逃れることができたのだから、ようやく楽になったね、といたわってあげたい。こんなことを言うと、けしからん!という声が飛んできそうだが、高みから死ぬなと発信するだけで終わってしまっては自己満足に過ぎないと思う。せめて背景の様々な事情に思いを馳せて、生きやすい社会を創造するにはどうしたら良いか考えたい。先日読んだ五木寛之・横田南嶺「命ある限り歩き続ける」にも自殺に関する文章があった。命の尊厳を考えるのであれば、死もまた尊厳である(佐々木閃の言葉)。また、ある師のことばとして「自ら死を選ぶほどの苦しみは他人にはわからないものだ。だから他人がどうこう言うことはない。そっとしておいてあげればいいんだ」。この師は戦争中サイパンに出征して生き残った方。晩年の病の苦しみに耐えかねて自ら命を絶ったお坊さんを見た僧がブッダに「この修行僧はどうなりますか」と聞いた。ブッダはただ「あれは涅槃に入った」と言った。死は苦しみからの解放である。もちろん、自殺を肯定するのではない。カントが言うように生きることこそ尊いのだ。価値がないと思われる生であっても、それを生きる行為こそ尊い。生きることが苦痛であったり、人生に希望を見いだせないが、それでも生きる姿は人に深い感動を与える、とカントは言う。確かにそうだが、じゃあどうすればいいのよ、とも言われそうだ。苦しんでいる人々が少しでも楽になることができる社会のあり方を考え続け、その実現に少しでも貢献したいと答えるしかない。世の中は関係性で構築されている。思い続ければどこかで少しは役立つこともあるかもしれない。(2024年1月14日)

なぜ隠者になるのか

司馬遼太郎の対談集「東と西」から。李御寧氏は日本では二者択一というよりも、二者をそのまま置いて通ってしまうという。博多と福岡から発した話題であるが、みんな積み重ねて抱擁してしまうのが日本的な感覚じゃないかと。能・謡曲、歌舞伎の面白さも択一的なところにはない。赤穂義士だった萱野三平は討ち入りの日、父親が行くなと言うから行くことができなかった。すると君に仕えたことにならない。忠と孝の二者択一ができず自殺してしまう。これは自分の問題と同じだなと思う。自分は自殺する勇気などないので、隠者ということになる。問題に対峙したとき、Pielke(2007)の論点主義者(issue advocate)で行くか、誠実な仲介者(honest broker)でいくか。自分は論点主義者でいきたいという気持ちがあるが、様々な立場もわかる。でも誠実な仲介者だと高みから発信して自己満足ということになりがちなのでいやだ。とはいえ論点主義者に必要な力もない。論点主義者でいられたらなんて幸せだろうか。自殺する勇気はないので隠者になるしかないのだ。(2024年1月14日)

災害に備えて暮らすということ

新年最初の講義は少々脱線になるが能登半島地震の話から始めた。防災力をつけるためには、ふるさとの災害履歴と土地の成り立ち・性質を理解すること。遠隔地で災害が発生したときはその都度勉強しておくことが大切。能登半島地震に関する震度情報、活断層分布、地震に伴って発生した地すべり、崩壊、液状化、等のハザード、および過去の日本の地震災害における同様の事例等を話し、災害をわがこと化してもらう。簡潔に説明したつもりだが、だから、それで何なの、というところが大切だ。ハザードを説明しただけだと、"危険な場所に住んじゃいけませんよね"ということになりがち。ハザードを理解し、再来を諒解して、備えること。それに加えて、ふるさとの暮らしの良さをたくさん見つけてほしい。原風景のなつかしさ、地域のコミュニティーのありがたさ、家族の笑顔、たくさん思い出してほしい。ふるさとで暮らしつづけることの諒解を形成することが、災害に備えて暮らすということにつながる。(2024年1月10日)

「おやじの壁」言説

朝日朝刊の連載「8がけ社会」から。「ものを決めるのは、みんな男。おじさんが世の中を支配しているんだから」女性は低待遇。男女雇用機会均等法の成立に尽力した旧労働省の婦人局長だった赤松良子氏の前に立ちはだかったのが「おやじの壁」だという。そのとおりやなぁと思うが、ちょっとおやじの肩も持っておきたいなぁ。引退してからいくつかのNPOや団体と関わっているが、環境保全、気候変動、こども、SDGs/ESD、などの活動に尽力し、未来を創造しようとしているおやじをたくさん知っている。女性リーダーを支えるおやじも多いのだ。草の根の団体では謙虚なおやじが多い。壁になってしまうおやじは、高度経済成長期の成功体験から抜け出せない人、あいまいな日本社会の中で何となく権力を得てしまった人、時代の精神が見えない人、など、いくつかの背景があるように思う。おやじが壁であることもあるが、壁はおやじであるとは限らない。草の根では何かことをなすときに力を発揮するのはどちらかというと女性である。地域に関わるようになってから、そんな場面をたくさん見てきた。おばさんが社会を変えていく力を持つ。時代は変わりつつある。もうすぐ女性が男性を凌駕する時代がやってくるはずだ。おやじとしてはせめておばさんと協働させて頂けるくらいの力は付けておきたい。(2024年1月10日)

最前線に身を置く

朝日朝刊オピニオン面、タイトルは「『道理』は最前線に」、「サケ減りクマが襲う/人を脅かす環境変化/現場で解決するしか」、「じりじり感じるうすら寒さ/生き方切り替える」。作家の河崎秋子さんの寄稿である。長くなるが重要な点をメモしておきたい。「害獣問題や環境変化には、影響を受ける山里や第1次産業などの最前線の現場がある。その場に立ち、感情や経済的な損得を含めた事情に踏み込まねば見えてこない道理というものが存在する。それらを踏まえて出された最適解でなければ現実的な解決にはつながらない。/逆に言えば、現場を知らずに『こうすべきだ』と遠方から意見をぶつけ、それがたとえどれだけ善性に基づく提言だったとしても、現実に即した解決策にはなりえないのだ。重ねて言う。心で思うのは自由だ。声を上げる権利もある。だが意見を押しつけた時点で現場当事者にとってはただ負担がますだけだ」。私は定年後はアカデミアからは距離をとろうと思ったが、それはもっと現場に深く浸透し、その有様を深く理解したいと考えたからだ。最前線で、問題とは何か、問題の解決とは何か、について考えた。現場との関わりを深めた結果、様々な現場の事情と葛藤、感性の領域の重要性、そんなことに気がついた。アカデミアに発信もしたが、どうも"科学教"とでもいえるような科学の世界の精神的習慣が大きな壁としてあるように感じられた。人生の最終ステージはもっと現場に接近したいと思う。そこからオルタナティブ・サイエンスの道筋が現れ、この世界の未来の姿が見えてくるはずだ。(2024年1月8日)

老人の役割

久しぶりに高校の同窓会に出席した。みんな65歳を超え、老年期に入った。近況報告を聞いていると、65歳前に引退して新しい生き方を選択した人が何人かいた。企業戦士として戦ってきた世代だが、これ以上心身を酷使するのは勘弁、というわけだ。生涯現役世代というかけ声もあるが、決して経済的モチベーションだけではなく、生き様を大切にする社会であることが重要だ。老年世代がゆとりを持ち、創造的に暮らすことができれば日本は変わるのではないか。若者に期待する声も大きいが、実は老人の役割が大切な時代に入ったのではないか。若者に期待するのは、進歩、発展、成長を旨とする未来に向かう一本道の社会への指向で、それは一神教のヨーロッパ思想でもある。過去、現在、未来は一本道ではなく、めぐりめぐる時間の中で循環するものだ。異論もあろうが、低成長時代の思想といえると思う。そんな世界では老人の経験、知恵は貴重な資源になるはずだ。日本が世界に先立って到達する未来の社会の姿が見えてきたような気がするが、さて、老人の我田引水か。そこで調べたらこんな文章を見つけた。国連の「第2回高齢化に関する世界会議」(2002年)で、 「21世紀の高齢者は、社会から庇護され労われる存在ではない。高齢者こそが社会の担い手になるべき」と宣言しているそうだ(国際長寿センターHP、志藤洋子氏の講演資料)。老人も忙しくなりそうじゃ。(2024年1月7日)

フロー型社会とストック型社会

能登半島地震では道路が寸断され、集落の孤立が問題となっている。朝日朝刊トップの見出しは「続く孤立 輪島14地区」。ではなにが問題か。もちろん地盤災害による二次災害、医療や福祉の機能低下、等々いろいろあるだろうが、それ以外にも重要な観点があると思う。伝統的な社会であれば食料は備蓄があり、水は地下水や渓流から得ることができるので、家屋が維持できていれば長期間持ちこたえることができた。これがストック型社会の強さだ。問題の本質は水を含む生活に必要な物資を商品経済の中で獲得する仕組み、すなわちフロー型社会にあるのではないか。水は足下にあるのに水道が壊れると得られない。食料は商品として必要分を購入するので流通システムが壊れるとすぐに不足する。どちらがよいと言うことではなく、両者の利点を活かすことができる社会のあり方がよい。それは地域が自立し、ネットワークで結ばれる社会という言い方もできるかも知れないが、すでにいくつかの基本計画には姿を現している。その実現が今後の課題だろう。(2024年1月6日)

価値のものさしの変更

朝日朝刊の経済・総合面の記事でジャパネットの高田社長がこんなことを言っている。「決まりがきつくなるほど、批判を恐れ平均化した企業にしかならず、とがったものが生まれない」と。企業も大学もガバナンスが強化されるばかりだが、日本人はガバナンスをガバメント(支配)と勘違いし、やたら厳しく統制したり、高い目標を掲げるようになった。それはトップの力量不足に起因するが、そのことが昨今の企業や大学の業績低迷につながっている。企業人や大学人が自由に考え、行動することは低成長時代では無理なのか。いやいや、価値を貨幣や数字ではなく、本質的な価値、たとえば生き甲斐や利他の実践に変えることができれば日本は生まれ変わるのではないか。(2024年1月6日)

年寄りの役割

五木寛之曰く「これから先の人生百年時代では、八十歳、九十歳の人たちの言葉というのも世の中に必要だという思いもあります」(五木・横田対談、至知出版)。明治の文豪は若くしてなくなっている人が多く、人生の意義を書いた作家が少ないという。なるほど、それは重要な指摘だ。宗教の味付けという観点でも五木は始祖が世を去った年齢と、その宗教の本質には深い関係があるように感じるとのこと。キリストは30数歳で復活したから、キリスト教には青春の香りがある。理想があり、夢があり、未来があり、愛を語り、感動的でヒューマンな若々しさがある。ムハンマドは60を過ぎてなくなったので、イスラム教は社会人の宗教。ブッダは80歳で亡くなったので、晩年の精神の衰え、肉体の苦痛を味わっていた。老齢化社会ではブッダの思想が大事だという。法然は78歳、親鸞は89歳で亡くなっている。仏教には高齢化社会を生きる知恵がある。私も歳をとって(哲学としての)仏教に傾倒しているが、それは現在を見つめ、諒解することでもある。世の中、未来を語らないとおかしなやつといわれてしまいそうな風潮があるが、まずは過去から続いてきた現在をしっかりと見つめることで人生を諒解することができる。それが低成長時代に入って迎えた高齢化社会を生きていくために必要なことであり、若者にも伝えなければならないことではないか。(2024年1月4日)

怨心平等

鎌倉の円覚寺では昔から「怨心平等(おんしんびょうどう)」、すなわち敵も味方も平等に弔う、供養するということを言っているそうだ(五木寛之・横田南嶺、至知出版)。元寇のあと開創された円覚寺の根本精神は、日本と元の双方の犠牲者を弔うこと。日本には戦った相手も排除せずにきちんと弔うという伝統があった。少なくとも明治の頃まではあったが、だんだん失ってしまった。「和」を掲げる日本人は「怨心平等」の精神を取り戻さなくてはいけない、と横田禅師が語っている。この怨心平等こそ日本が世界に向けて発信しなければいけない精神ではないか。過去を反省し、その上で世界に向けて発信しなければ、日本はつまらない小国になってしまう。(2024年1月3日)

新年の幕あけのできごと

なんということだろう。大地震で新年の幕が開くなんて。幸せから不幸へと、状態が一瞬で変わってしまった多くの人々がいる。一方で、安穏と正月を過ごす大多数の人々。世の中はなんて不平等なのだろうか。自分の状態も突然変わることがあるかもしれない。でも諸行無常は世の常。よどみに浮かぶうたかたのように現れかつ隠れ、水に流されていくしかない。五木寛之の文章にこんな言葉がある。「焼け跡にも花は咲く、少々のことがあっても人間は生き延びていくんだという思いは、僕らの世代の特徴としてありますね。」(五木寛之と横田南嶺の対談「命ある限り歩き続ける」至知出版)。避けようのない苦しみは人を強くするかも知れない。安穏に暮らすわれらは世の中のありさまを見つめつづけ、苦しみに耐えられない様をみつけたらできるかぎりの布施を心がけていけばよいのだと思う。(2024年1月2日)

新年の挨拶

新年あけましておめでとうございます。といってもおめでたいのかどうか、よくわかりません。世の中には苦しみが蔓延しています。そんななかで、おめでたいというのははばかられます。苦しんでいる方々は平和のための犠牲者なのだろうか。人間の世界は犠牲がなければよくならないのか。犠牲なくして安穏が得られる世界。宮沢賢治が考え続けた世界。地球環境問題の本質はそこにあるのではないか。問題の解決とは諒解にすぎないということも意識しなければいけません。高みで謳うだけでなく、諒解の形成を実践しなければなりません。だから、現場との交わりを続けたいと思います。日本はこころ豊かな小国でよいのではないか。これを問い続けたい。(2024年1月1日)

2023年のつぶやき